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新明正道 しんめいまさみち

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

新明正道
しんめいまさみち

[生]1898.2.24. 台湾
[没]1984.8.20. 東京
社会学者。 1921年東京帝国大学卒業後,関西学院大学東北帝国大学明治学院専門学校 (現明治学院大学) ,中央大学立正大学創価大学で教鞭をとる。日本学士院会員。総合社会学の立場から,G.ジンメルの構成した特殊科学としての社会学における社会の部分的認識を批判するとともに,大幅な修正を試み,再構成した。

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デジタル大辞泉の解説

しんめい‐まさみち【新明正道】

[1898~1984]社会学者。台北の生まれ。東北大教授。社会の形式と内容との区分を克服した行為連関を主要概念とした総合社会学体系を樹立。著「社会本質論」「社会学史」など。

出典|小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

新明正道 しんめい-まさみち

1898-1984 昭和時代の社会学者。
明治31年2月24日台湾生まれ。関西学院大教授,東北大教授などをつとめる。政治学から社会学に転じ,形式社会学批判の立場から,「新明社会学」とよばれる総合社会学体系をつくった。昭和59年8月20日死去。86歳。東京帝大卒。著作に「社会本質論」「綜合社会学の構想」など。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

しんめいまさみち【新明正道】

1898‐1984(明治31‐昭和59)
社会学者。金沢に生まれ,東京帝国大学で吉野作造に師事して政治学を専攻し,新人会で活躍,卒業後は社会学研究に進み,当時主流であった形式社会学の克服をめざして《形式社会学論》(1928)を著し,人間行為の実質的内容と社会関係の形態とを統一的にとらえる行為関連の立場をとった新しい総合社会学を樹立した。一般社会学歴史社会学,実践社会学の3部編成からなる理論構想は《社会学の基礎問題》(1939),《社会本質論》(1942),《綜合社会学の構想》(1968)で展開され,その後はパーソンズ社会体系論を批判した論説で示されている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

しんめいまさみち【新明正道】

1898~1984) 社会学者。台北生まれ。東大卒。東北大教授。行為連関の立場をとり総合社会学を樹立。著「社会学の基礎問題」「社会本質論」など。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

新明正道
しんめいまさみち
(1898―1984)

社会学者。明治31年2月24日、台北(タイペイ)市に生まれる。1921年(大正10)東京帝国大学法学部政治学科卒業。日本学士院会員、東北大学名誉教授。吉野作造(よしのさくぞう)の薫陶を受け、政治学担当教授として関西(かんせい)学院大学に赴任し、社会学をも講じたことから社会学に関心を寄せるに至った。1926年東北帝国大学に移ったころから形式社会学に批判的立場をとり、「行為連関」を主要概念として設定し、「総合社会学」体系を樹立した。『社会学の基礎問題』(1939)、『社会本質論』(1942)が主著であるが、第二次世界大戦後は積極的にアメリカ社会学の批判的導入を図るとともに、民族、イデオロギー、地域などの研究にも功績を残した。日本社会学会、日本社会学史学会の会長を務めるなど、日本社会学界の元老として、その発展に多大の貢献をした。昭和59年8月20日死去。[鈴木幸寿]
『『新明正道著作集』10巻・別巻1(1976~1993・誠信書房) ▽大道安次郎著『新明社会学』(1974・恒星社厚生閣)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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