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方東樹 ほうとうじゅ Fang Dong-shu

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

方東樹
ほうとうじゅ
Fang Dong-shu

[生]乾隆37(1772)
[没]咸豊1(1851)
中国,清の学者,文学者。安徽省桐城県の人。字,植之。諸生で終った。阮元が両広にあったとき,ともに『広東通志』を編纂。同郷の姚 鼐 (ようだい) に学び,桐城派の一員となり,また姚 鼐とともに当時盛んであった考証学派を攻撃して,朱子を重んじた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうとうじゅ【方東樹 Fāng Dōng shù】

1772‐1851
中国,清代中期の学者,文学者。字は植之。安徽省桐城県の出身。同郷の桐城派の姚鼐(ようだい)に師事し,古文の名手で宋学者。各地の書院で学を講じて暮らした。彼は戦闘的な宋学者であり,漢学派の弱点を《漢学商兌(かんがくしようだ)》3巻を著して攻撃した。梁啓超はその〈漢易〉批判を評価するが,侯外廬は《漢学商兌》の果たした歴史的意義を認めない。また古文の法を応用した詩論に《昭昧詹言(しようまいせんげん)》がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

方東樹
ほうとうじゅ
(1772―1851)

中国、清(しん)代後期の古文家、学者。字(あざな)は植之(しょくし)、晩年の号を儀衛老人といった。安徽(あんき)省桐城(とうじょう)県の人。彼が生い立った時代は漢学(訓詁(くんこ)・考証の学)の全盛期であったが、家学としての宋(そう)学(性理の学=朱子学)を父から伝授され、また姚(ようだい)について桐城派古文を学んだ。50歳のころ広東(カントン)に遊んで阮元(げんげん)の幕下に入り、江藩(こうはん)(1756―1831、『国朝漢学師承記』の著者)と巡り会ったことから、『漢学商兌(しょうだ)』『書林揚(ようし)』各4巻、『大意存聞』3巻などを著して、漢学の非政治性を激しく論難し、経世致用のうえから宋学の優位性を主張した。のち、両広総督に提訴してアヘンの禁輸を強く迫ったりもした。晩年の著に『昭昧(しょうまいせんげん)』21巻があり、古文家による詩論として興味ある書といえよう。『儀衛軒全集』『考槃(こうはん)全集』『方植之全集』などと題して、その全集は繰り返し出版されている。[宮内 保]
『『清史稿 486巻』 ▽『桐城派古文淵源考 八巻』 ▽『清代七百名人伝 七編』 ▽『清人文集別録 13巻』 ▽鄭福昭編『儀衛先生年譜』』

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世界大百科事典内の方東樹の言及

【桐城派】より

…《古文辞類纂》の編者姚鼐は劉大櫆に学び,文壇の指導者として活躍し,また漢学派との折衷を試みた。漢学の批判者方東樹も同派の理論家である。清末には文壇・政界の実力者曾国藩が出て,いっそう折衷学の傾向を強め,経書の文章も文学とみなし,政治・経済の2類を加え《経史百家雑鈔》を編集した。…

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