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日中共同声明 にっちゅうきょうどうせいめい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日中共同声明
にっちゅうきょうどうせいめい

1972年9月 29日北京で発表された日本,中国両政府間の戦争状態終結,国交正常化のための共同声明。その内容は,前文と本文9項目から成る。前文では,日本側が戦争で中国国民に重大な損害を与えた責任を深く反省し,中国政府が提示した復交3原則を十分理解するとした。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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知恵蔵2015の解説

日中共同声明

1972年9月29日に調印された声明で、日中関係を正常化した。71年7月の米中和解に触発されて、佐藤栄作内閣退陣後に田中角栄首相が訪中、共同声明を実現した。共同声明は台湾(中華民国)問題に関しては、第2項で中華人民共和国政府が「中国の唯一の合法政権」であるとし、第3項で台湾が中国の「領土の不可分の一部」であるとする中国の立場を理解し、尊重するとした。これを受けて、調印後に大平正芳外相が、「日華条約は存続の意義を失い終了した」とし、台湾との正式の外交関係を打ち切った。共同声明で、中国は戦争賠償の請求を放棄した。2002年は日中国交正常化30周年にあたり、9月下旬、北京で様々な記念式典が開催された。

(高橋進 東京大学大学院法学政治学研究科教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

日中共同声明

日本と中華人民共和国が国交正常化した72年に出された声明。その第5項で「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」とある。戦後補償をめぐる訴訟では、その効力が国家だけでなく、個人にも適用されるかどうかの判断が割れていた。

(2007-08-30 朝日新聞 朝刊 群馬全県 2地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

にっちゅう‐きょうどうせいめい【日中共同声明】

日本と中国との戦争状態を終結させ、国交を正常化したことを発表した声明。昭和47年(1972)調印。日本側は中華人民共和国を中国の唯一の政府と承認、中国側は戦争賠償請求権を放棄した。

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百科事典マイペディアの解説

日中共同声明【にっちゅうきょうどうせいめい】

1972年9月29日北京で田中角栄首相が調印した〈日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明〉。これにより両国間の戦争状態は終わり,はじめて国交が開かれた。声明は中国の主張する〈復交三原則〉を日本が十分理解することを前提にしたもので,9項目からなり,日本側は中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを認め,台湾が不可分の中国領土であることを十分理解,尊重すると述べているほか,中国側の賠償請求の放棄平和五原則に基づく国交がうたわれ,特に両国はアジア太平洋地域に〈覇権〉を求めず,またそのようないかなる試みにも反対するむね明らかにしている。
→関連項目田中角栄内閣

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大辞林 第三版の解説

にっちゅうきょうどうせいめい【日中共同声明】

日本と中国との戦争状態を終結させ,日中国交正常化を実現させた共同声明。1972年(昭和47)調印。中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認,戦争賠償の請求放棄,アジア・太平洋地域での覇権反対,などをうたう。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日中共同声明
にっちゅうきょうどうせいめい

1972年(昭和47)9月29日、わが国の田中角栄首相・大平正芳(まさよし)外相と、中国の周恩来(しゅうおんらい)首相・姫鵬飛(きほうひ)外相との間で、それまで行われた意見交換の結果として、両国政府によって発出された「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」。これによって台湾との間の「日台平和条約」は終了し、わが国は中華人民共和国政府と国交を樹立することになった。声明は、「三つの思想」から構成される前文と9項目の本文とからなり、両国国民の願望、戦争の反省、国交正常化、中国政府の唯一合法性の承認、台湾が中国の一部であることの尊重、外交関係の樹立、戦争賠償の放棄、平和五原則と国連憲章の原則の確認、覇権主義に対する反対、平和友好条約の締結のための交渉の合意、貿易・海運・航空・漁業等の諸実務協定の締結のための交渉の合意を内容とする。声明の当夜、「台湾政府」は日本との外交断絶を宣言し、日本の対中国関係は新段階に入った。[石本泰雄]

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世界大百科事典内の日中共同声明の言及

【日中国交回復】より

…中華人民共和国が成立したのは1949年であるが,日本が中国と正常な国交関係を樹立したのは72年の日中共同声明においてであった。新しい中国が誕生してから23年目の国交樹立であり,日本は79番目の中国承認国となった。…

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