デジタル大辞泉
「日和山」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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ひより‐やま【日和山】
- 〘 名詞 〙 江戸時代、船乗りが出帆の適否を判断するため、天候や風向きを見定める日和見に利用した港湾付近の小山。遠見山。
- [初出の実例]「此所へ上り始にて日和山切通しの上」(出典:下田年中行事(1843)一二)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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日和山
ひよりやま
出町・桜小路の西方にあり、酒田湊を眼下に見渡す砂丘。現在は公園になっている。土塚山の一部を整備し、湊に出入りする船舶や滞留する船舶を観望した。地名は天候を意味する日和にちなみ、地内には天候をみるための方角石が現存する。文化一〇年(一八一三)紀州日方浦(現和歌山県海南市)の橋本屋源助・太田屋弥右衛門、加茂湊(現鶴岡市)の長沢屋清吉などの主唱で、日和山に土を盛って面積を拡張し、常夜灯を建設して船舶入湊の標識とした(「常夜灯書上願書」野附文書)。
日和山
ひよりやま
登別市の登別温泉街の北にある山。標高三七七メートル。胆振支庁南部の火山群に含まれ、第四紀火山の倶多楽火山の頂部が崩壊した後、西麓の笠山とともに噴出した寄生火山で、石英安山岩からなる溶岩円頂丘をもつ。頂上の小さな爆裂火口から上がる白煙は太平洋岸の地域からよく見え、噴煙は気圧の高低によって変化する。かつて登別海岸の漁夫が噴煙を望み、その多少や方向などの変化によってその日の天候を占ったことから、日和山と名付けられたという。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の日和山の言及
【石巻[市]】より
…市域は牡鹿半島北西岸と北上川河口の数条の砂州を含む。市街地は日和(ひより)山(56m)の洪積台地と北上川西岸および東岸の牧山との間に広がり,近年は大街道,蛇田まで住宅地が伸びている。鎌倉時代から戦国時代までは[葛西氏]の城下町であったが,17世紀前半の北上川河道の改修以来,北上川は米輸送の大動脈となり,河口の石巻湊は米の積出港として繁栄した。…
【日和見】より
…日和は[天気]をさす。日和見は天気の状況をうかがうことであり,江戸時代には各地の港近くの小高い丘に日和見を行う場所があり,日和(ひより)山という地名が付せられている。十二支の方角石が置かれており,日和見の人がこの場所に立ち,風の向き,雲の動き,潮の速さなどをおしはかり,航海する船のコースをいろいろと検討したのである。…
※「日和山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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