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早川孝太郎 ハヤカワコウタロウ

デジタル大辞泉の解説

はやかわ‐こうたろう〔はやかはカウタラウ〕【早川孝太郎】

[1889~1956]民俗学者。愛知の生まれ。郷里奥三河の神楽「花祭」のほか、全国各地の山村の民俗調査を行った。著作に「花祭」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

早川孝太郎 はやかわ-こうたろう

1889-1956 大正-昭和時代の民俗学者。
明治22年12月20日生まれ。画家をこころざし,松岡映丘に師事。映丘の兄柳田国男を知り,民俗学の道にはいる。郷里愛知県奥三河の花祭とよばれる神楽を調査し,昭和5年「花祭」を刊行。農山村民俗の実地調査につとめた。昭和31年12月23日死去。67歳。著作に「大蔵永常」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

はやかわこうたろう【早川孝太郎】

1889‐1956(明治22‐昭和31)
愛知県南設楽郡長篠村横山(現,新城市横川)に生まれる。1906年豊橋の私立素習学校卒業後,画家を志して上京する。柳田国男の末弟松岡映丘に師事し,その間民俗学の専門雑誌《郷土研究》を知り,郷里の動物や三河万歳,正月などに関する民俗を報告し,柳田に注目される。20年に柳田と共著で《オトラ狐の話》を出し,続いて《三州横山話》(1921),《猪・鹿・狸》(1926)を刊行する。30年には渋沢敬三の援助のもとに,郷里の民俗芸能である花祭の精細なモノグラフ《花祭》前後編2巻を刊行する。

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大辞林 第三版の解説

はやかわこうたろう【早川孝太郎】

1889~1956) 民俗学者。愛知県生まれ。郷里奥三河の神楽(花祭)など、全国各地の民俗調査を行う。著「花祭」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

早川孝太郎
はやかわこうたろう
(1889―1956)

民俗学者。愛知県南設楽(みなみしたら)郡長篠(ながしの)村横山(現新城(しんしろ)市)の農家の旧家に生まれる。豊橋市立素習学校を修了、画業を志して上京、黒田清輝(せいき)の門に入るなどした。これがのちに彼のスケッチにみるように民俗観察に生かされることになった。26歳のとき、『郷土研究』に論文を寄稿して、柳田国男(やなぎたくにお)に認められ、民俗学の道に入る。折口信夫(おりくちしのぶ)、渋沢敬三らの知己も得、民俗採集に才能を発揮して1930年(昭和5)に故郷の花祭とよばれる霜月神楽(しもつきかぐら)を中心に、修正会(しゅしょうえ)として行われている田楽(でんがく)などを含めた膨大な研究書『花祭』2巻を刊行。一方「アチック・ミューゼアム」(現常民文化研究所)に所属して民具の収集に努めた。九州帝国大学農学部の助手なども経験し農政にも力を入れた。[西角井正大]
『宮本常一・宮田登編『早川孝太郎全集』11巻・別巻1(1971~ ・未来社)』

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