平安時代後半から鎌倉時代全期にわたって,藤原氏の氏寺(うじでら)である興福寺を中心に奈良の諸大寺で開版(板)された経巻類をさす。〈春日版〉の名は明治以後に唱えられたもので,鎌倉時代初期に藤原氏の氏神である春日神社に奉献されたところから,この名が出たともいわれる。1行17字詰の楷書(かいしよ)を用いて版式を整備し,使用料紙の質がよく,墨色優秀をもって知られる。毎版面の右すみに開版の年代,寺名,願主,施主,彫工などの名が隠刻されているが,普通は印刷のさい刷りこまれない。現存のものでは,寛治2年(1088)模工僧観増の刊記のある《成唯識論(じようゆいしきろん)》10巻(残巻,正倉院蔵),元永2年(1119)模工僧延観の刊記のある《成唯識論》巻十(京都守屋家蔵)などが古いほうである。このほか春日版と称されるもののうちには,建暦2年(1212)刊《瑜伽師地論》100巻,承元3年(1209)刊《法華経普門品》3333巻,嘉禄年間(1225-27)に刊行された《大般若波羅蜜多経》600巻など,質量ともにすぐれたものがある。なお,当時の版木の現存するものも比較的多く,興福寺北円堂に現存する《成唯識論述記》の版木は,1195年(建久6)の彫刻で,現存古刻版木のうち最も古いものの一つである。
執筆者:庄司 浅水
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平安時代末期から室町時代末期にかけて奈良興福寺で開版された仏典をいう。興福寺版といわず春日版とよぶのは、出版された経典の多くが興福寺の守護明神である春日大社に奉献されたことによる。内容は、学僧の講学に必要な『成唯識論(じょうゆいしきろん)』やその注釈書である。1088年(寛治2)に観増(かんぞう)が開版した『成唯識論』(正倉院聖語蔵所蔵)が刊記の明らかな現存最古のものとして知られるが、ほかにも1213年(建暦3)刊『瑜伽師地論(ゆがしじろん)』100巻をはじめ、多数の経論が出版されている。春日版の版式は、1行の字詰め、文字の書風など、奈良時代以来の写経の形式をそのまま踏襲しているが、この形式は以後わが国の刊経の定型となった。春日版のなかでもことに鎌倉時代のものは質、量ともに優れ、厚様の料紙、漆墨の墨色、力量感にあふれる書風に特色がある。版木はいまも1195年(建久6)の『成唯識論述記』以下多数伝存している。
[金子和正]
『大屋徳城著『寧楽刊経史』(1923・内外出版)』▽『大屋徳城著『春日版雕造攷』(1940・便利堂)』
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… 日本では770年の〈百万塔陀羅尼〉から300年ほどは印刷の記録はなく,現存する印刷物もない。11世紀半ばごろから仏典を中心に印刷が行われるようになったが,ことに奈良興福寺で印刷された〈春日版〉が有名である。平安朝末期から鎌倉時代にかけ,興福寺をはじめとし奈良の諸大寺で盛んに印刷が行われた。…
※「春日版」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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