( 1 )日本での最古の版本は、宝亀元年(七七〇)の「百万塔陀羅尼」とされているが、以後院政期から鎌倉期に及ぶ興福寺の春日版、その後の高野版、五山版など、寺院での開版が盛んであった。
( 2 )中世末以後、京都・奈良・堺などで寺院以外、仏書以外での開版も行なわれるようになり、近世初頭には、一時木活字版が全盛となったが、寛永期以後は、整版が一般的になった。
広義では書写本に対して印刷に付した書物をいい,狭義では活字その他による印刷本に対してとくに木刻整版本をいう。ここでは狭義の版本だけを取り上げることとする。義浄三蔵(635-713)の《南海寄帰内法伝》によれば,インドでも型をもって多数の小塔を造り,印板を使用して経文を絹などに印刷したのを見かけたとあり,その他傍証とするに足るものも存するから,厳密な意味での木版印刷術の発祥地はインドであるかもしれない。しかし木版印刷の盛行を招来したのは中国人であった。中国では古くから金石文,とくに石刻文が流行したために,文字や図様を彫刻する技術が発達し,また漢以後官印や私印の使用が盛んとなるにつれて,銅材や石材に文様を刻する技術も進歩し,植物繊維による優秀な紙も早くから使用されたので,唐代すでに版本が存在していたことは,1907年にスタインが敦煌石窟から取り出してイギリスへ持ち帰った《金剛般若波羅蜜経》1巻が,咸通9年(868)の開板である事実にてらしてもわかる。今のところこれよりも古い年代をもつ中国の木版印刷物は発見されていないが,おそらく玄宗時代(8世紀前半)にはかなりの発達を遂げていたにちがいない。なぜなら唐の文化の影響下にあった日本では,玄宗を去ること遠くない770年(宝亀1)に《百万塔陀羅尼》の印刷を行っており,また1966年に発見された韓国仏国寺の《無垢浄光大陀羅尼経》は8世紀前半のものと推定されるからである。
同じく中国で完成した製紙術は,8世紀にサマルカンドに伝わり,12世紀の初めにはモロッコからスペインに渡り,1189年にはピレネー山脈を越えてフランスにもキリスト教国として最初の製紙場設立をみ,一方,ダマスクスですかれる紙はコンスタンティノープル(イスタンブール)を経て盛んにヨーロッパへ輸出されていたが,中国の木版印刷は,13世紀にモンゴル族が中国とヨーロッパの交渉を頻繁にするまで,ふしぎにもヨーロッパへ紹介されずにすぎた。これはおそらく,口頭の伝承を尊んで文書によるそれを重要視しないイスラム教徒が,経典の印刷を喜ばなかった事情によるものと考えられる。ただし,1880年にエジプトで発見されたパピルスや羊皮紙や紙のおびただしい断簡には,14世紀までの各時代の印刷物がおよそ50種も含まれており,なかには〈コーラン〉の聖句やイスラム教徒の祈禱文を記したのもあるから,絶対に木版印刷術が行われなかったわけではない。ともあれ,中国の木版印刷術がヨーロッパへ伝わったのは元の世祖時代(1260-94)であった。中国や朝鮮や日本で,版本の盛行が仏教文化の興隆と密接な関係をもつように,中世末期のヨーロッパにおいても,キリスト教の要義を大衆に伝えるための手段として,中国伝来の木版術がまず取り上げられたことは興味をひく。印刷年代の明白な宗教版画で最も古いのは,いまマンチェスター大学付属図書館が蔵する《幼児キリストを背負う聖クリストフォルス》の渡河図であるが,これは1423年の開板であるが画面に漂う中国風の描法は,当時の木版印刷が中国に負うところがいかに多いかを語っている。このような版画から出発した西洋の木版印刷術は,活字印刷術の発明にもかかわらず,それと並行して多くのさし絵をもつ版本を世に送ったが,16世紀に入ると,ついに活字本に席を譲った。字母の数が少なくて済む西洋の場合,それは当然のことであった。したがって版本の盛行は,漢字使用圏である中国や朝鮮や日本において,長い間それぞれに特色をもつ出版文化をもたらすこととなった。
執筆者:寿岳 文章
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…戦後は,1946年に全日本印刷出版労働組合が組織されたが,内外の諸情勢に対応できずに分裂を重ね,現在は,全国印刷出版産業労働組合総連合会(略称,全印総連),全東京印刷出版労働組合連合会(略称,東京印労)がある。【矢作 勝美】
[中国]
中国で活字本とか,抄本つまり写本とかでなく,板に彫った〈版木(はんぎ)〉を用いて印刷した書物のことを刊本,版本,刻本,雕本などと呼び,またそのように彫る行為を版刻,雕版などという。そして版刻の職人を刻工と呼んだ。…
…古いものは後代のと比すると形式も一定せず簡潔である。 暦には版本と書写本がある。具注暦は本来書写本であり,版本はきわめて少ない。…
※「版本」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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