志賀直哉(なおや)の長編小説。1921年(大正10)1月~1937年(昭和12)4月、『改造』に断続連載。前編は1922年新潮社刊。後編は1937年改造社の『志賀直哉全集』に収録。志賀没後の岩波書店版全集に大正初期に始まる構想時からの草稿を収めた。近代文学史のなかでは、その成立、完成にきわめて複雑な経緯をもつ傑作の一つ。主人公時任(ときとう)謙作1人まかり通る式の作品で、不義の子謙作という出生の秘密、さらに妻の不倫というショックに耐えつつ、自己のみの力で、肉体的、精神的彷徨(ほうこう)を重ねたすえ、自己回復に至る物語である。場面は東京、尾道(おのみち)、京都、山陰の大山(だいせん)と移る。主人公謙作の心理、好悪の感情が軸となり、祖父の妾(めかけ)のお栄、後編に登場する妻の直子が重要な役割を果たす。短編小説の連鎖のような形で展開、したがって構成の堅固さよりも1カット、1シーンの描写が抜群。尾道や大山における自然描写はとくに有名である。芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)もこの作品に敬服。美と倫理の一致をみごとに達成したこの作品に対して、同時代および後代の作家、評論家も盛んに論評、近代文学史上屈指の代表作としての誉れが高い。
[紅野敏郎]
『『暗夜行路』(岩波文庫・角川文庫・講談社文庫・新潮文庫)』
志賀直哉の長編小説。1921-37年(大正10-昭和12)《改造》に断続連載。その構想,草稿は1912年ころからはじまる。四半世紀を費やし,執拗に完成させた志賀の唯一の長編。私小説を客観小説へ変形させていく苦渋にみちた曲折は近代小説のなかでも特筆に値する。主人公時任(ときとう)謙作の少年時代の追憶を描いた序詞は前編の伏線として有効。祖父と母との不義の子という出生の秘密を謙作は知らなかったが,何かわからぬ暗い重い日々を送り,放蕩にふける。彼は尾道での孤独な生活ののち出生の秘密を知り,その運命の過酷に苦しむ。謙作は京都生活のなかで直子と出あい,結婚に直進する。しかしやがて生まれた長男は病没,直子も従兄に犯され,再び謙作はうちのめされるが,伯耆大山の大自然のなかで自己回復をはかる。時任謙作一人まかり通るわがままな小説であるが,細部のリアリティは抜群。暗い夜に耐えて朝を迎える主人公一人の内面の闘いは壮絶である。幾多の評価を受けつつ近代小説屈指の重い大作の位置を占めている。
執筆者:紅野 敏郎
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… 以後,林芙美子原作《泣虫小僧》(1938),阿部知二原作《冬の宿》(1938),伊藤永之介原作《鶯》(1938)など一連の〈文芸映画〉のなかで,暗い時代の日本の庶民像を描き出していった。愛国婦人会を創設した明治の女傑の半生を描いた伝記映画《奥村五百子》(1940),ハンセン病療養所で献身する若い女医の実話をリリカルなヒューマニズムで描いた《小島の春》(1940)などをへて,戦後も丹羽文雄原作《女の四季》(1950),森鷗外原作《雁》(1953),有島武郎原作《或る女》(1954),室生犀星原作《麦笛》(1955),織田作之助原作《夫婦善哉》(1955),谷崎潤一郎原作《猫と庄造と二人のをんな》(1956),川端康成原作《雪国》(1957),志賀直哉原作《暗夜行路》(1959),永井荷風原作《濹東綺譚》(1960)と〈文芸映画〉の系列がある。 女を多く描き,フェミニストともいわれたが,そのフェミニズムは,女の美しさよりも無知や貪欲さを凝視する目のきびしさと執念に特色があるといわれる。…
※「暗夜行路」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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