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曲阜 キョクフ

世界大百科事典 第2版の解説

きょくふ【曲阜 Qū fù】

中国山東省南西部の都市。人口61万(1994)。泰山,魯山,蒙山等で構成される山東丘陵の西麓,泗水の谷口にあり,山東地方で最も早くから開発された地域。周代に魯国の都が置かれ,華北平原での政治,経済,文化の中心の一つであった。周との関係が緊密であったため,周文化の伝統を最も維持した古代の文化都市として知られる。漢代に魯県が置かれ,隋代に曲阜と改められた。大運河が開通してより,交通位置でまさる済寧が発達し,曲阜は一地方中心都市になった。

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大辞林 第三版の解説

きょくふ【曲阜】

中国、山東省西部の泗水しすい南岸にある都市。春秋時代、魯の都(当時は昌平と称したが、隋代に改称)。孔子の生誕地で孔子廟がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

曲阜
きょくふ / チュイフー

中国、山東(さんとう)省中央部の南寄りに位置する県級市。済寧(さいねい)地級市に属する。人口63万9000(2014)。周代の魯(ろ)国の都、あるいは儒教の生みの親である孔子(こうし)の生地として古くから知られる。周代の初期に周公旦(たん)の子伯禽(はくきん)がこの地に封じられて、殷(いん)の旧勢力の影響が強い東方への備えとしたところから始まると伝えられるが、さだかではない。いずれにしても周公旦をその祖とし、周文化をもっともよく伝える魯国の国都として、春秋から戦国時代にかけては伝統文化の中心地であった。孔子が生きた激動の時代に、伝統文化の生んだ周代の文物、制度の再生を願って、彼が私塾を建てて講じたのもこの地である。戦国末、楚(そ)に滅ぼされ(前249)、秦(しん)代では薛(せつ)郡の治所、漢代は魯県となり魯王の治所であった。城の遺跡が現市街の南西部に存在する。隋(ずい)代から県名が曲阜となり清(しん)末に及んだ。
 現在の市街は明(みん)代の建設によるが、京滬(けいこ)線が町の北西部を走る一農村都市で、おもに小麦、コウリャンを産する。その一方で中心部には孔廟(こうびょう)(孔子廟)や孔子の子孫の住居である孔府、北郊には一族の墓所の孔林などがあり、中国有数の歴史的観光都市の一つである。[春日井明・編集部]

世界遺産の登録

曲阜にある孔子ゆかりの史跡が1994年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により「曲阜の孔廟、孔林、孔府」として世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。[編集部]

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