コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

服部遺跡 はっとりいせき

1件 の用語解説(服部遺跡の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

はっとりいせき【服部遺跡】

滋賀県守山市服部町にあり,1971年以来の野洲(やす)川放水路の建設工事に伴って発見された。74‐79年の発掘調査で,弥生時代前期から平安時代中ごろに至る遺構が判明した。遺跡は琵琶湖岸より野洲川を約2kmさかのぼった地にあり,弥生時代前期の遺構で現地表面下2.5~3mの深さ,標高は86m前後である。弥生前期には,微高地上に集落があり,その周囲の低湿地とそれに移行する緩斜面に同期の水田跡が広がっている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の服部遺跡の言及

【墳墓】より

…その代表は方形周溝墓といわれるもので,方形の各辺に溝を掘り,その排土をもって盛土したものである。数基,数十基が群在することが多いが,滋賀県の服部遺跡などでは,数百基も連なって広大な土地を占める集団墓地となっている。方形周溝墓の埋葬施設の大部分は木棺で,副葬品を欠くものが多いが,まれに玉類や鉄器がみられることがある。…

【野洲川】より

…そのため,下流で南北2本に分岐していた流路にかえて,新しくその中間に人工の新放水路をつくる河川改修工事が71年に着工され,81年に完成,流域住民はようやく洪水の心配から解放された。なお,河川改修工事の際に発見された守山市の服部遺跡から,弥生時代から平安時代にかけての複合遺跡で,水田跡,竪穴住居址,木簡などが出土した。野洲川の沖積平野は古代に条里制が施行され,現在は江州(ごうしゆう)米の主産地になっている。…

※「服部遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

服部遺跡の関連キーワード滋賀県服部守山市滋賀県立大学伊勢遺跡金森守山滋賀山榮爵金盛

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

服部遺跡の関連情報