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本末制度 ほんまつせいど

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

本末制度
ほんまつせいど

仏教寺院の寺格制度。一宗派の中心となって統轄する本寺 (→本山 ) と,それに付属する寺院である末寺によって構成される重層的な制度および組織をいう。江戸時代に寺院の統制支配のため江戸幕府が制度化したもの。

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百科事典マイペディアの解説

本末制度【ほんまつせいど】

中世から形成されはじめ,江戸幕府が仏教勢力統制のため制度化した宗派内の本山末寺の重層的関係。1601年以来の寺院法度(はっと)で全国の寺院をすべて寺社奉行支配下におき,大本山,中本山,小本寺あるいは上寺(うわでら)などの管理する寺院から,直末寺,孫末寺,曾孫末寺あるいは下村などの管理を受ける寺院へというピラミッド形に編成した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほんまつせいど【本末制度】

本寺・本山と末寺の関係についての制度。本末関係は,本山と末寺間の関係,末寺間相互の関係に分けられるが,前者を狭義の本末関係,後者を上寺下寺関係とすべきであろう。成立史的には後者が先行し,下寺群を擁する中本寺の小教団が形成され,近世に入って江戸幕府の寺院法度などの統制によって,1宗派1本山の制が原則とされると,それら中本寺もまた本山からは末寺として扱われることになり,狭義の本末関係が制度化された。上寺下寺関係の形成の要因として,第1に法系があげられる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本末制度
ほんまつせいど

江戸幕府が、全国の仏教諸寺院(末寺)を、宗派ごとに本山・本寺によって組織化させ、統制するための制度である。幕府は、1601年(慶長6)以来、諸宗派の本山・本寺に寺院本山法度(はっと)を発布して、本山・本寺である地位を保障し、同時に宗派寺院編成の権限を与えた。これと併行して、末端の寺院が本山・本寺の許可なく存在したり、新たに寺院を建立することを禁じて、本山・本寺の下に従属しなければ存在できないようにした。このような幕府による有利な政策を受けて、本山・本寺は教団編成に取り組んだ。すでに中世期までに、法脈を介した人と人との師弟関係が結ばれていたり、あるいは地域的に有力な寺院が周辺の弱小寺院を従え、ある程度の地域組織がつくられているなどの、寺院の上下関係が存在していた。それら既存の関係を、たとえば人と人との流動的な関係を寺院と寺院との本末関係に固定したり、あるいは地方のおもだった有力寺院には幕府による寺領安堵(あんど)をてこに従わせるなど、整備しつつ、近世本末関係の編成は徐々に進められていった。幕府はさらに、1632~33年(寛永9~10)に諸宗末寺帳を作成提出させた。この寛永(かんえい)期段階の末寺帳は提出が全宗派に及ばなかったり、地域的な偏りがあったが、その後、本末帳は全宗派に及び、各宗派の寺院本末関係が決定・固定され教団組織の柱ができあがった。
 本末関係を軸にした教団組織の構造は、各宗派で名称こそ異なるが、共通に寺格が幾階層にも分かれ、寺格に応じた座位や装束が定められて教団内の序列を秩序づけていた。また教団を越えて、律令(りつりょう)制以来存続した僧位僧官も寺格に応じて補任(ぶにん)された。この僧官位と寺号・院号の許可は寺院僧侶(そうりょ)の身分を確保するうえでもっとも基本的な補任である。諸補任すべてに補任料が必要であり、そのうえに末寺は本山・本寺に定例や臨時の上納金を納める義務(末寺役)を負ったため、宗派によっては末寺院の経営を圧迫することになった。末寺は末寺役などの大部分を檀家(だんか)負担(檀家役)に転嫁させたのだが、この末寺院―檀家を一体として財源の基礎に据えて本山・本寺による教団編成が成り立っていた。幕府は、全国の仏教寺院・僧侶の統制を、本山・本寺を通したこの本末制度・教団組織によって可能にしたといえる。[高埜利彦]
『辻善之助著『日本仏教史』(1953・岩波書店)』

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世界大百科事典内の本末制度の言及

【仏教】より

… こうして,近世仏教にはいくつかの特色が指摘できる。一つは近世の寺院本末制度の成立である。各宗本山が幕府に提出した末寺帳を台本にして,全国の寺院は本山・直末・孫末・曾孫末と分けられ,その本末関係が幕府によって公認され,変更は事実上不可能だった。…

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