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寺院法度 じいんはっと

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

寺院法度
じいんはっと

江戸幕府が禁中武家諸社と並んで全国諸宗寺院の統制のために出した法令総称。寺院勢力の拡大を恐れた幕府がとった政策で,慶長6 (1601) 年に高野山あてに出されたものをはじめとして,多くの法度が,各宗,各寺院別に出され,主として金地院崇伝がその任にあたった。内容は,(1) 学問儀礼の奨励,(2) 本寺末寺制度 (末寺は本寺の下知に従うなど) の確立,(3) 僧侶の任官,昇進などの幕府奏聞 (みだりに勅許を受けることの禁止) ,(4) 悪僧徒党の追放,などであった。寛文5 (65) 年には,従来の個別の諸法度に代えて,各宗共通の『諸国寺院御掟』9ヵ条が制定された。

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デジタル大辞泉の解説

じいん‐はっと〔ジヰン‐〕【寺院法度】

江戸幕府が寺院統制のために制定した法令の総称。慶長6~元和2年(1601~1616)各宗を対象に出され、寛文5年(1665)各宗共通の「諸国寺院御掟」が制定された。諸宗寺院法度

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百科事典マイペディアの解説

寺院法度【じいんはっと】

江戸幕府が仏教各宗派に発した一連の法令。寺院僧侶(そうりょ)勢力を幕府の支配下に置くため,1601年高野山あてのものから1616年身延山久遠寺あてのものまで46通出している。
→関連項目法度法度・村掟武家諸法度本末制度

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世界大百科事典 第2版の解説

じいんはっと【寺院法度】

江戸幕府が仏教寺院,僧侶を統制するために発布した一連の法令。1601年(慶長6)の〈高野山法度〉に始まり16年(元和2)まで46通が下されている。このうち,1614年(慶長19)までのものは個別寺院あてのものが多かったが,15‐16年に各宗派本山に下されたことによって,従来あいまいであった宗派,本山を確定することになった。家康の政治顧問であった以心(金地院)崇伝がこれらの制定に関与している。その内容は宗学奨励,本寺末寺関係の確定,僧侶階位や寺格の厳正,私寺建立禁止などが主要なものである。

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大辞林 第三版の解説

じいんはっと【寺院法度】

「諸宗しよしゆう寺院法度」の略。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

寺院法度
じいんはっと

まず1601年(慶長6)から15年間にわたって、中世以来の宗派組織のまとまりをもっていた天台・真言・禅・浄土宗などの本山・本寺にあてて次々に出された江戸幕府の法令。幕府は各宗派ごとの本山・本寺の地位を保証し、あわせて宗派・一山末寺の編成と教団組織化などの権限を与えた。多くは金地院(こんちいん)(以心(いしん))崇伝(すうでん)の起草にかかる。その後、日蓮(にちれん)宗・浄土真宗などその他の宗派にも及び、各宗派の本末組織が整った1665年(寛文5)には、幕府は、宗派の違いを越えて、仏教寺院・僧侶(そうりょ)全体に共通の統制策である一般総則としての寺院法度を出した。同年には諸社禰宜神主法度(ねぎかんぬしはっと)も出され、幕府の宗教統制の確立時期と理解できる。法度の具体的内容は、各宗の法式を守ること、寺院住持の資格、本末の制を守ること、寺檀(じだん)関係、徒党の禁、寺塔修復制限、そのほか僧侶の服装、仏事の儀式、女人の寺中宿泊の禁止など細部にわたる。[高埜利彦]

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