デジタル大辞泉
「李先念」の意味・読み・例文・類語
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り‐せんねん【李先念】
- 中国の政治家。湖北省出身。一九四九年以降一貫して財政畑を歩き、中華人民共和国副首相兼財政相、党中央政治局委員。晩年は国家主席もつとめた。(一九〇八‐一九九二)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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李先念
りせんねん
Li Xian-nian
[生]宣統2 (1909).6.23. 湖北,黄安
[没]1992.6.21. 北京
中国の政治家。国共分裂後,紅軍(→中国工農紅軍)に参加し,長征の際は第4方面軍第30軍政治委員。抗日戦争中は中原解放区をつくり,1941年新四軍第5師長。1949年中華人民共和国成立後,湖北省人民政府主席,1952年武漢市長。1954年国務院副総理兼財政部長,1956年中国共産党中央委員,中央政治局委員。1958年中央書記処書記を経て,1959年国務院副総理となる。文化大革命で一時批判されたが,その後復活,周恩来首相とともに経済工作を指導。1976年10月,「四人組」逮捕の際には葉剣英らとともに重要な役割を演じた。 1977年十一全大会で党副主席,1983年6月~1988年3月国家主席,1988年4月~1992年6月政治協商会議主席。
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李先念
りせんねん / リーシエンニエン
(1908―1992)
中国の政治家。湖北省出身。大工の徒弟だったが、1927年共産党入党、瑞金(ずいきん)のソビエト区に入って長征に参加。延安の抗日軍政大学で学んだのち、河南省など中原地区に入って抗日遊撃戦を展開、その間、新四軍第五師団長兼政治委員などを歴任。国共内戦中は中原軍区司令員。新中国成立後、湖北省人民政府主席、武漢市長、中南軍事委員会副主席。1954年副総理、財政部長、1959年国務院財政貿易弁公室主任、1962年国家計画委員会副主任。財政・経済の専門家として周恩来総理を助けた。1966年中央政治局委員、文化大革命中もその職にとどまり、外交分野で活躍。1982年中央政治局常務委員。1983~1988年国家主席を務めた。
[安藤彦太郎]
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李 先念
りせんねん
Lǐ Xiān-niàn
1908 (ごろ) 〜92
現代中国の政治家,国家主席(在任1983〜88)
湖北省の出身で,1927年に共産党に入党,長征にも参加した。中華人民共和国成立後,湖北省人民政府主席,武漢市長などを歴任。1966年に中央政治局委員となり,1983〜88年には国家主席をとつめた。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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李 先念 (り せんねん)
生年月日:1909年6月23日
中国の政治家
1992年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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