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松根東洋城 まつね とうようじょう

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美術人名辞典の解説

松根東洋城

俳人。選者。本名豊次郎。夏目漱石に英語を学ぶ。宮内省に入り、式部官、書記官、会計審査官等を歴任。退官後は主宰誌『渋柿』の経営と後進の指導に専心した。俳壇隠退後は芸術院会員となり、昭和39年に勲三等瑞宝章を賜られ、さらに歿後に従四位に追叙された。『漱石俳句研究』『渋柿句集』『東洋城全句集』の著書がある。昭和39年(1964)歿、86才。

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デジタル大辞泉の解説

まつね‐とうようじょう〔‐トウヤウジヤウ〕【松根東洋城】

[1878~1964]俳人。東京の生まれ。本名、豊次郎。夏目漱石に師事し、「ホトトギス」に参加。のち俳誌「渋柿」を創刊・主宰し、人間修業としての俳句を主張した。著「俳諧道」「黛」など。

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百科事典マイペディアの解説

松根東洋城【まつねとうようじょう】

俳人。本名豊次郎。東京生れ。京大法学部卒。夏目漱石に師事し,《ホトトギス》に拠った。一時高浜虚子に代わり《国民新聞》の俳壇を指導,河東碧梧桐新傾向俳句に対立した。
→関連項目水原秋桜子

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松根東洋城 まつね-とうようじょう

1878-1964 明治-昭和時代の俳人。
明治11年2月25日生まれ。松根図書(ずしょ)の孫。宮内省にはいり,式部官,会計審査官などを歴任。夏目漱石(そうせき)に師事し,「ホトトギス」に投句。明治41年高浜虚子のあとをうけて「国民新聞」俳壇選者となる。大正4年「渋柿(しぶがき)」を創刊。芸術院会員。昭和39年10月28日死去。86歳。東京出身。京都帝大卒。本名は豊次郎。著作に「俳諧(はいかい)道」「黛(まゆずみ)」など。
【格言など】絶壁に眉つけてのむ清水かな(「東洋城全句集」)

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大辞林 第三版の解説

まつねとうようじょう【松根東洋城】

1878~1964) 俳人。東京生まれ。本名、豊次郎。京大卒。夏目漱石に師事。初め「ホトトギス」に参加、のち「渋柿」を主宰。新傾向運動に対抗、人生即俳句の道を実践、連句を重視した。「俳諧道」「東洋城全句集」がある。

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

松根東洋城
まつねとうようじょう

[生]1878.2.25. 東京
[没]1964.10.28. 東京
俳人。本名,豊次郎。第一高等学校東京大学を経て 1905年京都大学仏法科卒業。中学時代から夏目漱石に師事して『ホトトギス』に参加。高浜虚子の小説転向に際し『国民新聞』俳壇の選者を受継ぎ (1908) ,『新春夏秋冬』 (4巻,08~15) を刊行,さらに俳誌『渋柿』を創刊 (25) 。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

松根東洋城
まつねとうようじょう
(1878―1964)

俳人。東京の生まれ。本名豊次郎。東京帝国大学より京都帝国大学仏法科に転じ、卒業後宮内省に入り、式部官、会計審査官等を歴任した。松山中学、旧制一高時代から夏目漱石(そうせき)に師事し、『ホトトギス』に投句、『国民新聞』の俳壇選者となる。1915年(大正4)『渋柿(しぶがき)』を創刊してこれに拠(よ)り、芭蕉(ばしょう)を宗とする独自の俳諧(はいかい)道を提唱、門下より多数の優秀作者を出し、52年(昭和27)『渋柿』を野村喜舟(きしゅう)に譲った。54年芸術院会員。『俳諧道』(1938)、『黛(まゆずみ)』(1941)など著書多く、没後、全句集などが刊行された。[村山古郷]
 恰(あたか)もや秋篠寺(あきしのでら)の秋の暮
『松根宗一編『東洋城全句集』全三巻(1966~67・海南書房)』

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