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柳井[市] やない

百科事典マイペディアの解説

柳井[市]【やない】

山口県南東部の市。1954年市制。周防灘(すおうなだ)に臨み,室津半島沖合の平郡島を含む。中心市街は琴石(こといし)山麓にあり,岩国藩御納戸といわれ,商業町として発達し,豪商が軒を連ねた。

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世界大百科事典 第2版の解説

やない【柳井[市]】

山口県南東部の市。1954年市制。人口3万5071(1995)。瀬戸内海に面し,熊毛半島東半部を市域とし,海上には平郡島が浮かぶ。南東前面に周防大島(屋代島)が控え,古くから海上交通の要地であった。中世の楊井津(やないづ)は対明貿易船の基地でもあり,津の中心であった古市,金屋(かなや)には町場があり,鋳物師(いもじ)が集住していた。近世には吉川氏の岩国領で,柳井湾岸の干拓地では製塩が行われ,柳井木綿の産も盛んであった。

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世界大百科事典内の柳井[市]の言及

【山口[県]】より

…室町時代には,山口盆地に本拠をもつ大内氏が朝鮮や中国との貿易によって経済的基盤を築き,中央へも進出したが,この大内氏の繁栄も,防長両国の地理的条件に負うところが大きい。近世になって防長2国を領有した毛利氏は瀬戸内海沿岸の浅海を干拓して農地を開発し,米,塩の増産をすすめ,また内海航路の発達に伴って,赤間関(あかまがせき),三田尻,室積(むろづみ),上関(かみのせき),柳井などの港町が開け,なかでも赤間関(現在の下関)は長崎とともに西日本屈指の商港として繁栄した。 明治以降,山陽本線の下関までの開通(1901)によって,大陸への西日本の門戸としての地域性を強め,また北九州工業地帯の延長として,下関をはじめ内海沿岸各地に,重化学工業の展開をみた。…

※「柳井[市]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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