明治の漢学者。字(あざな)は子龍、号は羽嶽(うがく)。文政(ぶんせい)5年2月15日、秋田の刈和野(かりわの)に生まれる。藩校明徳館教授から学長となる。1874年(明治7)東京に移籍。1886年御進講。1896年帝国大学文科大学(現、東京大学文学部)教授。1899年文学博士。明治39年10月3日没。勲四等瑞宝章(ずいほうしょう)、従(じゅ)四位。閑院宮(かんいんのみや)より「前賢未発」の親筆を賜る。四書五経から諸子の老荘まで該博・精確な読書家で、とくに『易』『論語』につまびらかであった。その勤王思想から、『易』は革命の書にあらずという。講義は明晰(めいせき)で、門生数千と伝えられる。講友に中村正直(なかむらまさなお)、島田篁村(しまだこうそん)(重礼(ちょうれい))、重野安繹(しげのやすつぐ)などがいた。武技にも長じ、刀剣を趣味とした。著書に『周易復古筮(ぜい)法』『論語講義』『周易象義辯正』などがある。
[宇野茂彦 2018年10月19日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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