中国、東晋(とうしん)の陶潜(とうせん)の著した物語。陶潜の編になるという『捜神後記(そうじんこうき)』に収められている。東晋の太元(たいげん)年間に、武陵(ぶりょう)の漁師が桃の花の林に踏み迷い、洞穴(ほらあな)を抜けて不思議な村里へ出る。村人たちは、先祖が秦(しん)の始皇帝の圧政を逃れてここへきてより、外の世界と隔絶して平和に暮らしているのであった。漁師はしるしをつけながら帰り、太守に注進する。太守は漁師に案内させて探索させたが、しるしは消えていて、ついに尋ね当てることができなかった、という筋(すじ)である。これに似た話はほかにもあり、当時このような説話(仙郷淹留(えんりゅう)説話という)がはやっていたのだろう。なお、この物語より、理想郷を称して「桃源郷(境)」とする語が生まれた。
[石川忠久]
『佐藤保他訳『中国の古典26 古文真宝』(1984・学習研究社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…桃源郷とも書く。晋代の陶潜の《桃花源記》にもとづく。すなわち,武陵の漁人が谷川をさかのぼり,桃花の咲き乱れる林の奥の洞穴をくぐって行くと,秦代(前3世紀)の戦乱を避けてこの山奥に移った人びとの子孫が平和に暮らしていた。…
…また初期の道教経典に,天地の中央の玉京山に高さ390万億里の桃の木が生えるとあるのも,世界樹としての桃である。世界樹は宇宙の軸として現世と超越的な世界とを結ぶ機能をもつが,陶潜(淵明)〈桃花源記〉に,桃の咲き乱れる中を通って別天地(桃源郷)を訪れたとあるのも,桃が異世界との通路となるという神話的な思考を反映したものであろう。【小南 一郎】 隋代以前に中国では失われていた《如意方》という医書には,〈美色細腰にする術〉として,3樹の桃花を陰干しにして篩(ふるい)にかけ,食前に1日3回服用する処方があり,宋斉の釈僧,深(じん)は,これを酒で服用する処方を残している。…
※「桃花源記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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