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桜井忠温 さくらい ただよし

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美術人名辞典の解説

桜井忠温

陸軍軍人・作家。愛媛県生。日露戦争に出征し、戦闘の体験を『肉弾』として出版する。敗戦後も著述活動をつづけた。絵画にも長じる。昭和40年(1965)歿、86才。

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デジタル大辞泉の解説

さくらい‐ただよし〔さくらゐ‐〕【桜井忠温】

[1879~1965]陸軍軍人・作家。少将。愛媛の生まれ。日露戦争の旅順攻囲戦で重傷を負い内地送還。その体験を描いた「肉弾」「銃後」は広く読まれた。

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百科事典マイペディアの解説

桜井忠温【さくらいただよし】

陸軍軍人,小説家。愛媛県生れ。陸軍士官学校卒。松山中学では夏目漱石の指導も受けた。少尉として日露戦争に従軍,旅順攻略戦で負傷。その経験を描いた《肉弾》(1906年)によって文名を上げる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

桜井忠温 さくらい-ただよし

1879-1965 明治-昭和時代の軍人,小説家。
明治12年6月11日生まれ。39年日露戦争で重傷を負った体験をかいた「肉弾」を発表し好評をえる。のち陸軍省新聞班長。少将で退役後も著述をつづけた。昭和40年9月17日死去。86歳。愛媛県出身。陸軍士官学校卒。筆名は落葉。作品に「銃後」「将軍乃木」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

桜井忠温

没年:昭和40.9.17(1965)
生年:明治12.6.11(1879)
明治後半から昭和期の陸軍軍人,軍事物作家。松山藩(愛媛県)藩士桜井信之の3男,兄天壇は文芸評論家,弟忠武は海軍機関中将。松山中学から明治33(1900)年陸士入学,中尉で日露戦争に出征,旅順第1回総攻撃で負傷し内地送還,『肉弾』を執筆し一躍有名となる。右手が不自由になったために副官や部隊付を勤めながら小篇を多数発表,大正13(1924)年陸軍省新聞班長となるが,その間田中義一の強い後援があったといわれる。昭和5(1930)年少将で現役を去り,以後執筆,絵画に専念,文才提督小笠原長生と並称される。作品に『銃後』『国防大事典』『伝記大日本史』『桜井忠温全集』など多数ある。

(田中宏巳)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

さくらいただよし【桜井忠温】

1879‐1965(明治12‐昭和40)
陸軍軍人,作家。愛媛県生れ。1901年陸軍士官学校卒業。松山の歩兵第22連隊付少尉として日露戦争に出征,旅順で負傷。その体験を書いた《肉弾》(1906)は戦争文学の傑作として有名になり,欧米諸国でも翻訳出版された。24‐30年陸軍省新聞班長,30年少将・予備役。《国防大事典》(1932)の監修のほか多数の著書があり,31年までの作品は《桜井忠温全集》全6巻に収録。【大江 志乃夫】

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大辞林 第三版の解説

さくらいただよし【桜井忠温】

1879~1965) 陸軍軍人・作家。愛媛県生まれ。士官学校卒業後、日露戦争に出征、旅順攻撃の際に負傷。その体験を描いた「肉弾」「銃後」は広く読まれた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

桜井忠温
さくらいただよし

[生]1879.6.11. 松山
[没]1965.9.17. 松山
陸軍軍人,著述家。 1901年陸軍士官学校卒業。日露戦争に少尉として出征し,戦傷を負う。 26年陸軍省新聞班長。 30年少将で退役。日露戦争を舞台に著わした『肉弾』 (1906) は第2次世界大戦前の日本で広く読まれた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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