コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

台記 たいき

6件 の用語解説(台記の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

台記
たいき

『宇槐記』『宇左記』『宇治左府記』『治相記』などとも呼ばれる平安時代後期の貴族政治家藤原頼長の日記。原本は伝わらないが,鎌倉時代初期の古写本をはじめとする諸写本や,永正 14 (1517) 年三条西公条 (きんえだ) が抄録した『宇槐記抄』などから,断続的ながら,保延2 (1136) ~久寿2 (55) 年間の記事が求められる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

たいき【台記】

平安時代の公卿藤原頼長の日記。12巻。保延2年(1136)から久寿2年(1155)までの部分が現存。鳥羽院政期の基本史料。宇治左府記。宇左記。宇槐記。槐記。治相記。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

台記【たいき】

左大臣藤原頼長の日記。12巻1冊。《槐(かい)記》《宇槐記》《治相(ちしょう)記》などとも。1136年―1155年までの写本が部分的に伝わる。保元(ほうげん)の乱に関する好史料。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

たいき【台記】

左大臣藤原頼長の日記。《槐記(かいき)》《宇槐記》《宇治左府記》などとも呼ぶが,これらは大臣の唐名〈三台〉〈三槐〉,もしくは頼長の居所,官職に由来する。記事は生彩に富み,深い学殖に裏打ちされて詳細かつ精確である。1136年(保延2)より55年(久寿2)までの写本が伝わるが,中間を一部欠く。また本記の記事を後世に抄出した《宇槐記抄》《台記抄》,および別記も伝わるが,《宇槐記抄》《台記抄》には今日散逸した本記の記事が含まれている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

たいき【台記】

院政期の左大臣藤原頼長の日記。一二巻。漢文体。1136年から55年の間の記事が断続的に残存する。保元の乱の研究および宮中の儀式を知るうえで重要な史料。宇槐うかい記。槐記。宇治左府記。宇左記。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

台記
たいき

左大臣藤原頼長(よりなが)の日記。「宇槐記(うかいき)」「槐記」「宇左記」「宇治左府記」「治相記(じそうき)」ともいう。『台記』という書名は大臣の唐名三台(さんだい)に由来する。槐(槐樹・槐門)も大臣の異称。頼長17歳の1136年(保延2)から55年(久寿2)の間が、若干の欠落を伴いながら現存する。本書の記述は、頼長の和漢典籍への深い造詣(ぞうけい)と文筆力に支えられて、明晰(めいせき)かつ個性的であり、単なる儀式の記録を超えて、政治や社会事象に対する頼長独特の判断が積極的に語られているところに特徴がある。頼長自身の波瀾(はらん)に富んだ生涯はもとより、陰り始めた当時の摂関家(せっかんけ)内部の複雑な状況、貴族社会の構造や人間関係、鳥羽(とば)院政の実体やそれをめぐる貴族の動向、寺社、武士、庶民を含む世相の特徴などを知る格好の素材となっている。自筆本は現存しないが、鎌倉時代の古写本(一部分)を最古とし江戸時代まで各種の写本が伝存し、三条西公条(さんじょうにしきんえだ)が本書を抄録した『宇槐記抄』も存在する。なお頼長は、とくに重要な儀式関係記事については別記(べっき)をつくっており、これも各種写本として伝えられている。『史料大観』『史料大成』所収。[義江彰夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の台記の言及

【藤原頼長】より

…しかし55年(久寿2)近衛天皇の死去を機として,鳥羽法皇の信任を失い,さらに後白河天皇の践祚(せんそ)により皇子の践祚の望みを断たれた崇徳上皇と手を結び,56年法皇の没後間もなく兵を挙げたが,敗れて南都に逃れ,戦場でうけた重傷のため命を落とした。その日記《台記》は,生彩に富んだ公家日記として名高い。保元の乱【橋本 義彦】。…

※「台記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

台記の関連キーワード九条院左経記山槐記中御門家藤原実定平盛兼秦公春藤原兼長藤原幸子藤原多子

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

台記の関連情報