権利の濫用(読み)けんりのらんよう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

権利の濫用
けんりのらんよう

形式的には権利の行使の外形を備えていても、その行使が社会的にみて妥当性を欠くため、実質的にはあるべき姿の権利の行使といえないため、権利の行使の効果が生じなかったり、不法行為が成立することをいう。かつては、「自己の権利を行う者は、他人に対して不法を行うものではない」という法諺(ほうげん)に示されるように、権利者の自由が重視されたが、しだいに権利の制限の必要性が主張されるようになった。1804年のフランス民法典は、権利濫用の禁止を定めていなかったが、19世紀のなかばごろからフランスの判例・学説は、権利濫用の禁止の法理を発展させ、その後制定されたドイツ民法(226条)やスイス民法(2条2項)は、明文で権利濫用の禁止を定めた。
 日本では、明治時代に制定された民法は、権利濫用の禁止を定めていなかったが、判例・学説はこの法理を認めていた。信玄公旗掛松(はたかけまつ)事件(昔、信玄公が旗を立てかけたといわれる著名な松が鉄道の煤煙(ばいえん)と震動によって枯れたため、松の所有者が鉄道を運行する国に対して損害賠償を請求し、大審院が大正8年〈1919〉にこれを認めた事件)や、宇奈月(うなづき)温泉事件(宇奈月温泉の経営者が湯を引く木管を一部他人の土地に無断で設けたため、その部分の土地を買った人から木管の除去請求がされたが、侵害がわずかでしかも侵害の除去に莫大(ばくだい)な費用がかかり、またその土地の取得者が侵害があるのを奇貨として不当な利得を図るものであり、除去請求は権利の濫用で許されないと、昭和10年〈1935〉に大審院が判決を下した)などが該当する。第二次世界大戦後、1947年の民法改正により、「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」という明文が置かれるに至った(1条3項)。一方、民法は、私権は公共の福祉に従うべきものとし(1条1項)、権利の行使および義務の履行は信義に従い誠実にこれをすることを要すると定めている(同条2項)。権利濫用の禁止は、これらの条文とともに、一般条項(具体的基準を掲げない条文)を形づくるのであるが、一般条項をむやみに広く適用すると、かえって本来の権利を害するおそれがある。板付(いたづけ)基地事件(国が賃借してアメリカ駐留軍に使用させていた土地につき、賃貸借期間満了後、なお米軍が使用するので、土地所有者が国に明渡し請求をした。最高裁は昭和40年〈1965〉権利の濫用を理由に請求を退けた)は、やや安易に権利濫用を適用したものと批判されている。[川井 健]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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