酒やしょうゆなどの液体を入れる容器。樽ははじめは酒を杯に注ぐための容器で,注ぎ口から酒が垂れることから〈たり〉とよんだのが〈たる〉となったという。古代の樽には木製,土陶製,金属製などがあったようで,形ははっきりしない。木製の漆塗が多かったようである。鎌倉時代になると太鼓樽が使われている。木をくって太鼓形に作り,胴の一部に注ぎ口を付けたもので,支脚の上に据え,胴を回転させて酒を注ぐ。この形の樽は《春日権現験記》などにも描かれている。鎌倉時代の末から室町時代にかけて結樽(ゆいだる)が出てくる。結桶に鏡蓋を取り付けたもので,多く杉で作られている。これまでのような注器ではなく,酒,しょうゆ,酢,みそ,砂糖,油,乾物,漆,柿渋などの貯蔵,運搬容器として用いられた。とくに清酒の場合,杉樽からの浸出物,いわゆる木香(きが)が調熟に不可欠のものとされ,樽は単なる容器を超えて重要な醸造具でもあった。また運搬容器としての樽の役割もきわめて大きかった。とりわけ需要が大きかったのは海上輸送用で,たとえば酒用樽をみると元禄期(1688-1704)以降江戸入津の下り酒が年80万樽から100余万樽に及んでいる(樽廻船)。一方,室町時代には指樽(さしだる),つまり指物技術による箱形の樽も生まれた。結樽とちがい,古来の〈たる〉の系統をつぐ注器であり,婚礼や宴会などに用いられた。また江戸時代になると結樽でも注器の系統をひくものが作られた。円筒形の胴の両側に兎の耳のように2本の把手がついた兎樽(うさぎだる)や柳樽(やなぎだる)で,華やかな朱漆などを塗って祝儀用に用いた。また平たい円形の平樽もあり,これを太鼓樽ともよんだ。近代に入るとビール,ウィスキー,ブドウ酒,セメント,釘などの容器として洋樽も作られた。洋樽は中ふくらみの円筒形で蓋と底が付き,鉄帯輪の〈たが〉でしめてあり,ビール,ウィスキー,ブドウ酒にはナラ,セメント,釘には杉が用いられる。しかし第2次大戦後は合成樹脂の容器や金属製容器にかわってきて,木製の樽はしだいに減少している。
→桶
執筆者:小泉 和子
西洋の樽と日本の樽をくらべると,後者は胴はまるいが樽板の上下はまっすぐである。洋樽は胴がまるく,さらに樽板の上下にも曲線がつけられているから,建築構造上の〈二重アーチ〉で,今日の工業知識からみても最も強い構造を示している。洋樽は紀元前につくられていたらしいが,起源はわかっていない。ギリシアの哲学者ディオゲネスが樽の中に住んでいたという話は有名であるが,それはギリシア語では粘土でつくった大きな容器を意味していた。洋樽の最も古い記録はギリシアのヘロドトスの《歴史》で,バビロニアのユーフラテス川で上流からくる船がブドウ酒をヤシの木の板でつくった樽に入れて運んでいたことが記されている。おなじくギリシアのストラボンの《地理学》には,ガリアでは住民が大きな樽をつくっているが,内部にピッチを塗る技術が進んでいると書いている。ただし,大プリニウスの《博物誌》によると,アルプス付近のガリア人は〈たが〉をはめた木の樽に酒を入れているが,暖かい地方では長楕円形の甕(かめ)に酒を入れ気温に応じてその全体または一部分を地中に埋めていると書いているから,ローマあたりでは樽は一般に使われていなかったらしい。11~13世紀,十字軍時代には聖地に向かったキリスト教徒が樽にいろいろのものをつめて運んだことが知られ,14世紀にはヨーロッパ各地に樽大工の組合ができた。洋樽の一般的な名前はバレルbarrelであるが,その容量に応じていくつかの名称があり,それが樽そのものの名前あるいは容量の表示になっている。現在は容量が一定されていないが,19世紀の記録によると,1.5バレル=1ホッグズヘッドhogshead,2ホッグズヘッド=1バットbutt,2バット=1タンtunであった。目方を表すトンtonはタンtunの変化した語で,タン樽を入れる空間を意味する言葉であった。
執筆者:春山 行夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
桶(おけ)にかがみ(蓋板(ふたいた))を固着した円筒形の木製容器。酒・しょうゆなど液体を運搬・貯蔵するのに用いた。『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』に「樽、無和名、有脚酒器也(なり)」とあり、その呼称は明らかでない。古くは、酒など液体の貯蔵容器として壺(つぼ)・甕(かめ)などが用いられ、樽は、酒を杯(さかずき)に注ぐための漆塗りの木製容器であった。鎌倉時代になると、木をくりぬいた太鼓形の樽が使われるようになり、やがて、鎌倉末期から室町時代にかけて、箍(たが)締めの桶結(おけゆい)技術が発達し、桶に蓋板を固着した液体の運搬・貯蔵に便利な容器が出現し、これに古語のタル(樽・棰・榼)の呼称が与えられることになった。樽の出現は、従来、運搬が困難であった酒・油などの遠隔地取引を可能にし、酒造業、製油業などの発達を促し、経済発展に大きく貢献した。樽は近世に入って、いっそう盛んに利用され、酒樽だけでも各種の形態のものがつくられ、また、その用途も拡大され、しょうゆ、みそ、漬物、海産物などを入れるのに利用されて、桶職人から分化して専門の樽職人も現れた。酒樽はとくに材質が吟味され、吉野スギを最上とし、ほかにヒノキなどが用いられた。四斗(しと)樽は四斗(一斗は約18リットル)入りの大形で、主として酒の輸送に用いられ、この酒樽に化粧薦(けしょうごも)を包装したものを薦樽(こもだる)・薦被(こもかぶり)といった。手樽は細長の酒樽で、片手または両手の取っ手をつくり、五合(一合は約0.18リットル)、一升(約1.8リットル)などの量を入れ、もっぱら小売りの配達に利用された。角樽(つのだる)は柄(え)を角のように大きくつくり、太い竹箍(たけたが)を巻いた樽、扁樽(ひらだる)は扁平(へんぺい)な桶状の樽、指樽(さしだる)は扁平な箱状の上に突き出た注口(つぎぐち)のある樽である。扁樽・指樽は角樽とともに祝儀用の酒樽として用いられたので、その製作は朱・黒などの漆塗りで、なかには彫刻を施したものもあった。これらは、今日は、貸し樽として酒屋が用意しておき、客の注文に応じている。江戸から明治にかけて、樽は今日のガラス瓶のように広く用いられたので、樽買いが明樽(あきだる)を買い集めて、明樽問屋に売り、問屋はこれを酒造家や漬物屋、みそ屋などに売った。また酒屋の丁稚(でっち)は得意先からあいた手樽を集めて回ったが、これを樽拾いなどとよんだ。なお、江戸時代に、酒宴・花見などの座興のおり、柄(え)樽に笠(かさ)・羽織をつけて人形に擬し、これを踊らせる樽人形とよばれる芸などもあった。
やがて、ガラス瓶の出現により、小形の樽はほとんど姿を消すことになるが、その一方で、明治以後、洋樽が日本に伝来した。ビヤ樽の名で知られる洋樽の特徴は、胴太(どうぶと)で鉄箍(かねたが)を使っている点である。オリエントやヨーロッパの古代でも、樽はぶどう酒の貯蔵・運搬用として、バビロニアやガリア地方の住民に用いられていた。その後、ぶどう酒、ビールなどの醸造と取引が発展するとともに樽の利用は普及し、14世紀には各地に樽職人の組合ができた。現在もぶどう酒、ウイスキーの貯蔵にオーク材などの木樽が使用されている。
今日、酒樽も金属製や合成樹脂のものにかわってきており、木製の容器はしだいに減少しつつある。
[宮本瑞夫]
イギリスの推理作家F・W・クロフツの代表作。1920年刊。ロンドンのセント・キャザリン埠頭(ふとう)に荷揚げされたフランスからの樽の中に、おがくずと金貨といっしょに1人の婦人の死体があった。フランスに渡ったイギリスの警部は、現地警察の協力のもとについに容疑者をつきとめるが、樽の輸送された経過や時刻からみて、彼には確固としたアリバイがある。なんとかしてそのアリバイを破らねばならない。密室、死体消失などと並んで、本格推理小説トリックの大きな要素の一つになっているアリバイ・トリックを扱った古典的名作である。
[梶 龍雄]
『『樽』(三浦朱門訳・講談社文庫/宇野利泰訳・新潮文庫/大久保康雄訳・創元推理文庫)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…イギリスの推理小説作家。鉄道員であったが,病気休養中に《樽》(1920)を書き作家として名をあげた。シャーロック・ホームズのような超人的能力を持つ探偵を排し,現実味の濃い警察官や素人探偵の地道な捜査ぶりを描くことを得意とした。…
… 第1次世界大戦後のイギリス,アメリカで推理小説の黄金時代が築かれた。1920年にA.クリスティの処女作《スタイルズ荘の怪事件》と,F.W.クロフツの処女作《樽》がともに発表されたのが,その幕開きである。クリスティは以後アマチュア探偵ポアロを主人公とした,パズルとトリックに重点を置いた(そのため現実性が希薄と批判されることもある)推理小説を半世紀以上も書き続けた。…
…これに対し結桶は鎌倉時代末ごろに出現し,室町時代に入って急速に普及したものである。桶と樽とがよく似たものとなったのもこのころからである。それまでの樽はおもに壺形で,結桶の発達により,結桶に注口のある蓋を固定した樽が作られるようになった。…
※「樽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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