妊娠、出産、授乳などの母性機能およびその準備機能を保護することをいい、女性労働者に対する保護の一環として生まれた。母性機能は次代の労働力を再生産するという社会的役割をもっている。しかし、利潤追求を第一義とする資本主義においては、女性労働者の母性機能はしばしば危険にさらされており、これに対する社会的保護の必要性が認識され、労働運動の要求の成果として制度化されてきた。ただし、母性保護の範囲をめぐっては、妊婦の軽易な業務への転換や産前産後休暇など妊娠・出産に直接かかわる事項に限定する見解と、女性の深夜業禁止、残業制限や生理休暇などを含めて広くとらえる見解に分かれる。
母性保護規定は1844年のイギリス工場法が最初で、女性の労働時間は12時間に制限され、深夜業は禁止された。1919年に採択されたILO(国際労働機関)3号条約(「産前産後に於(お)ける婦人使用に関する条約」)は産前産後各6週間の休業を定めたが、その後、103号条約(「母性保護に関する条約」)、95号勧告(「母性保護に関する勧告」)によってさらに充実した規定が設けられた。
日本では1923年(大正12)に改正された工場法によって産前4週間、産後6週間の休業が初めて定められたが、実効性に乏しかった。日本で母性保護が確立したのは、第二次世界大戦後の労働基準法(昭和22年法律第49号)の成立によってである。このなかで、女性労働者について、時間外・休日労働の制限、深夜業・危険有害業務への就業や坑内労働などの禁止、産前産後の休業(各6週間)、育児時間、生理休暇などが定められた。産前休業は本人の請求により与えられる休業であるのに対し、産後休業は本人の請求とは無関係に与えなければならない強制休業である。その後、母性保護拡充を要求する運動の成果として勤労婦人福祉法(昭和47年法律第113号)が制定された。
ところが、母性保護規定の存在が職場における男女平等を妨げているという議論が強まり、男女雇用機会均等法(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律)の制定(1985)と抱き合わせに、労働基準法が改正され、管理職・専門職に従事する女性に対する深夜業、残業・休日労働の規定が大幅に緩和された。この改定の際に産後休業が8週間に延長された。さらに1997年(平成9)には先の男女雇用機会均等法の改正と同時に労働基準法もさらに改正され、女性に対する深夜業の禁止、残業・休日労働の制限規定が撤廃された。ただし、育児または家族介護を行う男女労働者は深夜業の制限を求めることができることになっている。
1994年にカイロで開催された「国際人口開発会議」で提起されて以降、母性保護の概念をさらに拡大して、女性の初経から閉経にいたるまで避妊、不妊、妊娠中絶、出産、授乳、更年期まで含む、女性の性と生殖に関する健康(リプロダクティブ・ヘルス)のための権利確立という考え方が広まっている。なお、「性と生殖に関する健康のための権利」自体は男性をも含むすべてのカップルおよび個人が有するものである。
[伍賀一道]
『桜井絹江著『母性保護運動史』(1987・ドメス出版)』▽『駒田富枝著『母性保護――輝いて働きつづけたい』(1998・学習の友社)』
女性は男性と異なり,妊娠,出産,哺育という特有の母体機能をもっている。このような生理的・身体的特質に照らして,労働の場において女性を特別に保護する措置が,母性保護と総称されている。労働基準法が制定されたとき,女性に対する特別な保護として規定されたのは,(1)時間外・休日労働の制限,(2)深夜業の禁止,(3)危険有害業務の就業制限,(4)坑内労働の禁止,(5)産前産後休暇と妊娠中の軽易な業務への転換(出産休暇),(6)育児時間,(7)生理休暇,(8)帰郷旅費であった。これらの規定は,女性は男性に比べて体力,知力に劣り,妊娠・出産という母体機能をもち,家庭責任を負担するからという理由によって設けられた。当初は,母性保護という用語も,これらの保護規定全般を指すものとして,かなり広い意味で用いられた。しかし,だんだん全般的な労働条件が整備され,男女平等の主張が広く認められる時代になると,女性だけの保護規定は,かえって女性の採用や昇進の機会を制限し,職域を狭めていると指摘されるようになった。そして,多くの賛否をめぐる議論をへた後,1997年には労働基準法が改正され,女性に対する特別保護のうち,上記の(1)と(2)が撤廃された(1999年4月から施行)。現在では,母性の保護を強調しすぎて,女性の母親としての役割を固定化すべきではないという考えも主張されるようになり,妊娠・出産という生理的・身体的機能を保護するための措置だけを〈母性保護〉というように,この言葉は限定的に使われるようになっている。
→女性労働
執筆者:浅倉 むつ子
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…そのため男女賃金格差も,95年現在,男性を100として60%にとどまっている。
[女性労働法規の歴史的発展]
女性労働法規には,平等規定(男女同一価値労働同一賃金など)と保護規定(就業時間制限や母性保護など)の2側面がある。保護は資本にとって冗費と考えられるため,その実現にはたゆみない労働運動を必要とした。…
※「母性保護」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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