《鑷(けぬき)》とも書く。歌舞伎狂言。時代物。1幕。歌舞伎十八番の一つ。津打半十郎,安田蛙文らの合作。1742年(寛保2)1月大坂佐渡嶋座の《雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)》で,これ以前に上演されていた《不動(ふどう)》《鳴神(なるかみ)》とともに演じたのが初演。粂寺弾正を2世市川海老蔵(2世団十郎)が演じた。小野春道の息女錦の前は文屋豊秀の許嫁だったが,病気を理由に輿入れを延ばしているので,豊秀の臣粂寺弾正が催促のため春道の館へ使者に立つ。ここで弾正は姫の髪が逆立つという奇病を目のあたりにし,さらに一間で春道を待つあいだ,所在なさにひげを抜こうとした毛抜がひとり立って踊るのに驚く。春道は婚儀の取りやめを申し入れ,姫は自害しようと嘆く。ふたたび姫の髪は逆立ったが,櫛笄(こうがい)を取りのけると髪は立たない。弾正は病の根源を断つといって天井を突くと,忍びの者が大きな磁石を持って落ちてくる。すべてお家横領をたくらむ八剣玄蕃の陰謀で,姫に銀と偽って鉄の櫛笄をささせ磁石であやつったものとわかる。玄蕃は成敗され婚儀はととのう。当時珍しかった天井から磁石の科学作用を採り入れ,推理小説的ななぞ解きの趣向が奇抜で面白い。全体に古劇らしいのびやかさがある。弾正は機知縦横な人物だが,愛嬌に富み,若衆にたわむれるなど元禄期の衆道趣味のおもかげを残している。1909年9月,2世市川左団次が岡鬼太郎の脚色により復活上演,錦絵その他を参照し,古風な様式的演出を考案して成功,今日に伝えた。
執筆者:菊池 明
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歌舞伎(かぶき)劇。時代物。1幕。津打半十郎、安田蛙文(あぶん)、中田万助合作。1742年(寛保2)1月、大坂・佐渡島(さどしま)座で2世市川団十郎らにより初演された『雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)』の三幕目「小野館(おののやかた)」が独立したもの。同作から出た『鳴神』『不動』とともに「歌舞伎十八番」に選ばれている。小野家の息女錦(にしき)の前は頭髪が逆立つ奇病にかかり、許嫁(いいなずけ)文屋豊秀(ぶんやのとよひで)への輿入(こしい)れも延期。豊秀の家臣粂寺弾正(くめでらだんじょう)は催促の使者にきて、自分がひげを抜くために使った毛抜がひとりでに立ったことから、御家横領をねらう悪家老八剣玄蕃(やつるぎげんば)一味の曲者(くせもの)が天井裏から磁石で姫の櫛笄(くしこうがい)を引き付けているのを見破り、玄蕃を斬(き)って騒動を収める。江戸時代には珍しい磁石という科学知識を取り入れ、推理小説もどきに謎(なぞ)を解く趣向が異色。知略縦横で愛嬌(あいきょう)に富む弾正の描き方もおもしろい。幕末以来中絶していたのを、1909年(明治42)岡鬼太郎(おにたろう)の台本で2世市川左団次が復活し現代に流行した。錦絵(にしきえ)を参考にした各種の見得(みえ)をはじめ、全般の演出が今日も好評を得ている。
[松井俊諭]
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…小野家横領を企む八剣玄蕃の奸計で,小野春風の妹錦の前は髪が逆立つ奇病にかかり,文屋豊秀との婚儀が延引する。その催促に来た豊秀の使者粂寺弾正は,毛抜きがひとりで立つことから天井に磁石ありと見破り,悪人を討って婚儀を整える。また朝廷に恨みをもつ鳴神は竜神を北山の滝壺に封じ込め,みずからは岩屋にこもる。…
※「毛抜」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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