謡曲《一角仙人》を題材として頼光四天王の世界に採り入れ,鳴神上人に雲の絶間姫を配した歌舞伎狂言の筋の総称。また1幕物の時代劇《鳴神》は歌舞伎十八番の一つ。この題材は寛文期(1661-73)から人形劇では行われていたもので,歌舞伎に移され,1684年(貞享1)2月《門松四天王》で,初世市川団十郎が自作自演で大当りをとった。ついで《源平雷伝記(げんぺいなるかみでんき)》(1698年8月江戸中村座),《成田山分身不動(なりたさんふんじんふどう)》(1703年4月江戸森田座)などを経て,《雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)》が完成した。この中には《毛抜》《不動》も含まれていたが,のち《鳴神》は分離独立した。7世市川団十郎により歌舞伎十八番の一つとなる。朝廷に恨みをもつ鳴神上人は竜神を北山の滝壺に封じ込め,岩屋にこもる。そのため旱魃(かんばつ)となって民百姓が苦しんだので,朝廷は雲の絶間姫という美女をさしむけ色仕掛けで上人を迷わせ,竜神を封じ込めた注連縄(しめなわ)を切る。竜神は天に上り雨は沛然(はいぜん)と降る。欺かれたと知った上人は大いに怒り姫を追う。道心堅固なはずの鳴神の人間的なもろさを描いた点に興趣があり,また絶間姫が酒をすすめて上人を堕落させる前段に,女方の色気の表現,またのちに上人の怒りの演技として荒事,さらに終幕にみせる柱巻(はしらまき)の見得など歌舞伎演出の面白さを発揮する。ながく上演が中絶していたのを1910年5月2世市川左団次が岡鬼太郎の改訂により復演して以来,今日ではしばしば上演される。なお,鳴神上人を女に書き替えた《女鳴神》がある。
執筆者:菊池 明
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歌舞伎(かぶき)劇。時代物。一幕。津打半十郎、安田蛙文(あぶん)、中田万助合作。1742年(寛保2)1月、大坂・佐渡島(さどしま)座で2世市川団十郎の鳴神上人(しょうにん)、初世尾上(おのえ)菊五郎の雲の絶間(たえま)姫らによって初演された『雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)』の四幕目が独立したもので、「歌舞伎十八番」の一つ。能『一角(いっかく)仙人』にヒントを得て初世団十郎が1688年(元禄1)、自作の『門松四天王(かどまつしてんのう)』で演じ好評を得た鳴神の話を、王朝時代の宮廷騒動に結び付けて脚色。朝廷に不満をもつ鳴神上人は、竜神を滝壺(たきつぼ)に法力で封じ込めたため、天下は日照りに悩まされるが、勅命を受けた美女絶間姫が色仕掛けで上人を誘惑、ついに鳴神は破戒して行法も破れ、豪雨になる。幕末以後中絶していたのを、1910年(明治43)2世市川左団次が岡鬼太郎(おにたろう)の台本によって復活した。ほとんど純粋の会話劇として構成され、後半、欺かれたと知った鳴神が暴れ出してからは典型的な荒事(あらごと)形式になる。信仰による戒律が肉欲に屈服するというテーマと健康なエロチシズムが近代人の共感をよび、歌舞伎の海外公演でも演目に選ばれることが多い。
[松井俊諭]
『郡司正勝校注『日本古典文学大系98 歌舞伎十八番集』(1965・岩波書店)』
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出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…雷を神格化した神。雷電様(らいでんさま),鳴神(なるかみ),ドンド神,ハタ神,イナズマ様,イカヅチ,カミナリなど雷鳴や雷光にもとづく名称が多い。雷神は水神かつ火神として,天と地をつなぐ媒介者とみなされ,また雷はカンダチと称せられるように神の示現をも意味した。…
…竜神の役は2人の子方(こかた)が演ずる。歌舞伎の《鳴神(なるかみ)》の原拠。【横道 万里雄】。…
…また,日本へも前述の漢訳文献を通じて《今昔物語集》などに入っている。たとえば,〈二羽の紅鶴と亀〉の話は,〈亀と鷲〉(イソップ),〈二羽の家鴨と亀〉(ラ・フォンテーヌ),〈雁と亀〉(《今昔物語集》)となり,一角仙人の話は《今昔物語集》を通じて謡曲《一角仙人》や歌舞伎《鳴神》となっている。 ジャータカはまた,彫刻や絵画等としても表現されている。…
…1742年(寛保2)正月大坂佐渡嶋長五郎座(大西)初演。配役は粂寺弾正・鳴神上人・不動明王を2世市川海老蔵(前の2世団十郎),秦民部・白雲坊を佐渡嶋長五郎,雲の絶間姫を初世尾上菊五郎,文屋豊秀を柴崎民之助,錦の前を中村明石,早雲王子を中村次郎三など。天下旱魃の混乱を利用して謀叛を企てる早雲王子の陰謀を背景に,鳴神上人の朝廷への怨恨,小野春道家のお家騒動などを描く。…
…その中で最も有名な哲学的詩編は《バガバッドギーター(神の歌)》で第6巻にみえ,これはヒンドゥー教徒の聖書ともされている。物語として著名なものに,夫を死神の手から取り戻した貞女を説く《サービトリー物語》,夫婦の愛をうたった《ナラ王物語》,本邦歌舞伎十八番の一つ《鳴神》の原型とされる《リシュヤシュリンガ(一角仙人)物語》などがあり,いずれも第3巻に収められている。 《マハーバーラタ》の後世インド文化への影響はきわめて大きく,詩人,劇作家はこれより取材して文芸作品を残し,また造形美術にも《マハーバーラタ》の一場面を描くものが少なくない。…
※「鳴神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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