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江原素六 えばらそろく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

江原素六
えばらそろく

[生]天保13 (1842).1.29. 江戸
[没]1922.5.19.
明治・大正期の教育者,政治家。カナダ・メソジスト派の代表的信徒。江戸幕府下級武士の出身で,維新の争乱後沼津に落ち着き,1868年の沼津兵学校設立に尽力。また沼津中学校校長や駿東郡長を務めた。1889年に上京し,カナダ・メソジスト本郷中央会堂で C.S.イビーのもとで働き,これを転機に東洋英和女学校(→東洋英和女学院大学)校長,1895年から麻布中学校校長として終生活動した。また東京基督教青年会婦人矯風会ほかに尽力。1890年に衆議院議員となり,1900年から立憲政友会に所属,1912年に貴族院議員となり,キリスト教界の内外に重きをなした。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

江原素六

江戸生まれの幕臣で、明治維新により沼津に移住。旧制の静岡師範学校や沼津中学の校長、静岡県議会議員などを務めたほか、沼津兵学校の設立や士族授産に尽力した。国有地となった愛鷹山払い下げ功績があったことでも知られる。後半生は衆院議員、貴族院議員を務め、自由党政友会長老として影響力を発揮した。

(2008-09-06 朝日新聞 朝刊 静岡 1地方)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

江原素六 えばら-そろく

1842-1922 明治-大正時代の教育者,政治家。
天保(てんぽう)13年1月29日生まれ。もと幕臣で,撒兵(さっぺい)隊頭。昌平黌(しょうへいこう)にまなぶ。維新後,静岡師範校長,沼津中学校長などをへて,明治23年第1回総選挙で衆議院議員(当選7回,政友会)。この間11年受洗,28年麻布中学を創設,校長をつとめた。大正11年5月19日死去。81歳。江戸出身。著作に「心の力」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

江原素六

没年:大正10.5.20(1921)
生年:天保13.1.29(1842.3.10)
明治大正期の政治家,教育家。幼名鋳三郎。幕臣40俵の江原家に江戸で出生。昌平黌,講武所に学び,砲術教授方に昇進。戊辰戦争(1868~69)に撒兵隊長として参戦。明治2(1869)年静岡藩少参事,沼津兵学校創設に参画。4年政府の海外視察員として渡米。帰国後,沼津の小学校集成舎を管理,また士族授産のため諸事業を企画。師範学校長,県会議員,駿東郡長,沼津中学校長を歴任。この間11年,G.M.ミーチャムから受洗。23年衆院議員当選,自由党に所属。のち貴族院議員に勅選。28年麻布尋常中学校(のちの麻布学園)創立。麻布メソヂスト教会に所属し,終生円熟したキリスト教教育で多感な少年の教育に尽くし,麻布中学から広い分野に異色の人物を輩出した。

(高橋昌郎)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

えばらそろく【江原素六】

1842‐1922(天保13‐大正11)
明治・大正期のキリスト教主義教育家,政治家。東京の有名な私立中等学校,麻布中学校(麻布学園の前身)の創設者。幕府下級武士の家に生まれ,苦学して昌平坂学問所や講武所に学び,また近藤真琴などに師事して洋学を修めた。幕末の動乱では幕臣として各地に転戦し,敗北ののちは旧幕府の転封により沼津に移り,静岡藩(旧幕府)少参事となり1868年異色の沼津兵学校,同校付属小学校の創設に尽力した。71年太政官から派遣されて欧米各国を視察し,帰国後静岡県で教育や士族授産事業にあたる。

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大辞林 第三版の解説

えばらそろく【江原素六】

1842~1922) 教育家・政治家。江戸の生まれ。麻布中学校(現、麻布学園)を創設。衆議院議員、のち勅撰議員。自由党・政友会に重きをなした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

江原素六
えばらそろく
(1842―1922)

幕末の幕臣、明治・大正期の政治家、教育者。旗本江原源吾の子として江戸で生まれた。西洋流砲術を学び幕府陸軍の士官となり、戊辰戦争では下総(しもうさ)国で新政府軍と戦う。徳川家の駿河(するが)移封に従って沼津に移住し、静岡藩が陸軍将校の養成のために設立した沼津兵学校の経営に従事した。廃藩置県後は沼津地域や静岡県内で士族授産や殖産興業にとりくみ、静岡師範学校や沼津中学校の校長をつとめるなど、教育にも力を尽くした。1890年(明治23)衆議院議員に当選、その後長く自由党や立憲政友会に所属する代議士として活動、1912年には貴族院議員となった。東京では私立麻布中学校を創立し、その校長を生涯つとめた。また、東京基督(キリスト)教青年会理事長になったほか、禁酒運動や廃娼(はいしょう)運動、不良少年感化事業など、さまざまな社会事業に関与するなど、キリスト教界の名士としても幅広い活動を行った。[樋口雄彦]
『村田勤著『江原素六先生伝』新版(1940・三省堂) ▽江原先生伝編纂会委員編『江原素六先生伝』復刻版(1996・大空社) ▽加藤史朗著『江原素六の生涯』(2003・麻布中学校・高等学校)』

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