沖縄問題(読み)おきなわもんだい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

沖縄問題
おきなわもんだい

第二次世界大戦後27年間、日本から分離され米軍の直接統治下に置かれた沖縄をめぐる内政および外交上の諸問題。具体的には、施政権問題、基地問題、住民の人権・教育・福祉問題、経済格差問題などの内容に大別されるが、基本的には国際法上の疑義を含んだ民族問題であった。旧沖縄県は沖縄戦によって徹底的な破壊を被ったすえに米軍に全面的に占領され、同時に日本の施政権から分離された。敗戦後7年間は軍事占領の状態が続いたが、1952年(昭和27)4月28日以降、対日講和条約第3条によって、沖縄地域および住民に対する行政・立法・司法上の権限を無期限にアメリカ合衆国に与えることになった。つまり、日本の独立と引き換えに、沖縄住民は憲法その他の法令が保障する日本国民としての権利を奪われたことになる。沖縄に対して絶対的(排他的)権限を与えられた米軍は、沖縄本島を中心に巨大な軍事基地を建設して極東戦略の策源地とした。米軍はこれを「太平洋の要石(キー・ストーン)」と公称し、「基地の中の沖縄」といわれるまでになった。米軍の軍事優先政策と反共政策、非日本化政策のもとで、沖縄住民の人権は極度に抑圧され、米兵犯罪、基地公害が日常的に多発し、経済活動も基地に依存したゆがんだ構造を余儀なくされた。たとえば、基地拡張のために、農民は武装兵によって強制立ち退きを迫られ、これに抗議した学生は米軍管轄の琉球(りゅうきゅう)大学から追放され、本土の大学に転学しようにも渡航申請を拒否される状態だった。こうした沖縄の現状に対して日本政府はなんら積極的な対策を講じようとしなかったし、一般国民もほとんど実状を知らされず、沖縄が固有の日本領土であることを知らない者も多かった。
 沖縄問題が初めて本土の一般国民に知られるようになったのは、1955年1月13日付けの『朝日新聞』が日本自由人権協会の調査報告を掲載した(いわゆる朝日報道)のが嚆矢(こうし)といわれるが、その後1956年の島ぐるみ土地闘争が転機となって、ようやく本土のジャーナリズムでも沖縄問題が注目されるようになった。しかし、本土の大衆運動レベルで沖縄問題が自らの民族的課題として意識されるようになるのは1960年代に入ってからだった。1960年4月に沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)が結成され、現地の沖縄復帰運動が年々高揚していくにつれ、本土の側でも沖縄返還運動が国民的課題として取り組まれるようになった。1963年4月28日、北緯27度線(本土と沖縄の分離線)の海上で両側代表団の海上集会がもたれたのは象徴的なできごとだった。
 一方、沖縄基地を発進基地としてベトナム戦争を遂行しつつあったアメリカは、沖縄住民の復帰運動の高揚によって基地機能の維持が困難になることを恐れて、1962年3月、当時のアメリカ大統領ケネディの沖縄新政策(沖縄の信託統治化の否定)を発表、日米両政府による共同管理政策を打ち出した。これに基づいて日本政府の沖縄援助政策が始動し、1965年1月の佐藤・ジョンソン会談では沖縄問題が本格的に日米両政府の外交問題として取り上げられ、同年8月には当時の首相佐藤栄作が初めて沖縄の地を踏んだ。同首相は「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、日本にとって戦後は終わっていない」と声明、沖縄問題が国内政治の重要課題であることを公認した。しかし復帰協を中心に急速に高揚した現地の復帰運動と、これに呼応する本土における沖縄返還運動の高まりは、初期復帰運動にみられた心情的で素朴な復帰論をはるかに超えて、運動方針のなかに「安保条約廃棄、核基地撤去、米軍基地反対」を掲げるに至っており、米軍基地の存否をめぐって日米両政府の返還構想とは対立するものとなっていた。1969年11月佐藤・ニクソン会談によって1972年返還が合意に達し、以後71年6月の沖縄返還協定(沖縄協定)調印、1972年5月15日の復帰へと情勢は急転回していくが、復帰協に結集した県民の運動は「即時・無条件全面返還、核基地撤去」を要求して、日米両政府と鋭く対立してきた。復帰後も、沖縄には全国の米軍専用基地の75%が集中しており、核兵器の存在にも疑惑が残る。また、反戦地主の軍用地強制収用に対する根強い抵抗運動が続いた。基地が撤去されない限り沖縄問題は終わらない、というのが大方の県民世論となり、今日に沖縄基地問題を残すこととなった。[大城将保]
『中野好夫編『沖縄問題を考える』(1968・太平出版社) ▽中野好夫編『戦後資料 沖縄』(1969・日本評論社) ▽中野好夫・新崎盛暉著『沖縄戦後史』(岩波新書) ▽沖縄タイムス社編・刊『50年目の激動――総集沖縄・米軍基地問題』(1996) ▽新崎盛暉・大城将保他著『観光コースでない沖縄――戦跡・基地・産業・文化』(1997・高文研) ▽福地曠昭著『基地と人権――沖縄の選択』(1999・同時代社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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