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河北新報 かほくしんぽう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

河北新報
かほくしんぽう

東北地方一円を市場とする有力地方紙。4大ブロック紙の1つ。創刊は 1897年1月。紙名は東北人を蔑視した「白河以北一山百文」に反発したものという。本社は仙台市。発行部数朝刊 49万 5980,夕刊 14万 8178 (1996) 。

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デジタル大辞泉の解説

かほく‐しんぽう【河北新報】

河北新報社が発行する日刊ブロック紙。明治30年(1897)に仙台で創刊。「河北」は白河の関より北の意。主に宮城県内で読まれるが、他の東北各県でも購読されている。発行部数は約46万部(2016年下期平均)。
[補説]河北新報の部数の推移
2010年…46万部
2011年…44万部
2012年…44万部
2013年…45万部
2014年…45万部
2015年…45万部
2016年…46万部
(各年の下期平均部数)

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百科事典マイペディアの解説

河北新報【かほくしんぽう】

東北地方を代表する地方紙。1897年に一力健治郎〔1863-1929〕が創刊。1941年には新聞事業令の発布で宮城県唯一の日刊紙となった。1950年《夕刊とうほく新聞》を合併。

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世界大百科事典 第2版の解説

かほくしんぽう【河北新報】

仙台に本社を置く日刊紙。1897年1月17日一力健治郎(1863‐1929)が東北地方の産業と文化の振興を掲げて創刊。1900年1月,年中無休刊を宣言して30年間これを実行したほか,不偏不党標榜(ひようぼう),広告を重視して経営の確立を図った。日露戦争のときはいち早く従軍記者を派遣,明治末には婦人記者も採用している。大正期に入って1922年3月から夕刊を発行,翌23年から昭和にかけて,岩手版,福島版,磐城版,青森版,山形版,秋田版を次々と創設,宮城県を中心に東北6県をカバーする広域紙に成長した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

河北新報
かほくしんぽう

東北地方の代表的日刊新聞。仙台市の本社を中心に宮城県内はもとより東北全域を配布地域とする。宮城県での発行部数のシェアは、全国紙等を大きく引き離してトップ。1897年(明治30)1月17日「東北振興と不偏不党」を社是に掲げ、一力(いちりき)健治郎(1863―1929)が創刊。以後、一力家経営の新聞として発展した。進取的紙面で注目を集め、日露戦争中は号外発行などニュース報道に力を入れ、先行各社を圧倒した。1908年(明治41)東北初のマリノニ輪転機を導入。1922年(大正11)夕刊発行。1946年(昭和21)株式会社に改め、1975年8月から岩手県一関(いちのせき)市でも印刷を開始。1981年にはCTS化を完成、翌年活字を大型化するなど終始業界のリード役を果たしてきた。発行部数朝刊約48万1500部、夕刊約10万部(2009)。[高須正郎・伊藤高史]

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