コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

河鍋暁斎 かわなべ きょうさい

8件 の用語解説(河鍋暁斎の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

河鍋暁斎

幕末・明治の絵師。茨木県生。名は洞郁、字は陳之、幼名を周三郎、周麿・狂斎・是空道人・惺々斎等と号し、のち暁斎と改める。江戸で歌川国芳浮世絵を学び、のち狩野洞白に師事する。狩野派と浮世絵を混淆した画に特色があり、奇行に富んだ酒豪家としても知られている。明治22年(1889)歿、59才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

かわなべ‐きょうさい〔かはなべケウサイ〕【河鍋暁斎】

[1831~1889]幕末・明治前期の日本画家。下総(しもうさ)の人。号、洞郁・狂斎など。狩野派浮世絵を学び、両者を取り入れた鋭い写実と特異な画風に特色を示した。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

河鍋暁斎【かわなべきょうさい】

幕末・明治初期の日本画家。名は周三郎。下総(しもうさ)古河生れ。7歳で歌川国芳に入門,のち狩野派前村洞和,狩野洞白に学び,狩野派に浮世絵を加味した独創的な画風を展開した。
→関連項目小林清親

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河鍋暁斎 かわなべ-きょうさい

1831-1889 幕末-明治時代の日本画家。
天保(てんぽう)2年4月7日生まれ。歌川国芳に入門,のち狩野派の前村洞和,狩野洞白にまなぶ。明治14年内国勧業博覧会で「枯木寒鴉」が受賞。狩野派に浮世絵風をまじえた画風を特色とした。明治22年4月26日死去。59歳。下総(しもうさ)古河(茨城県)出身。名は洞郁。字(あざな)は陳之。通称は周三郎。別号に周麿,狂斎。作品に「暁斎漫画」「地獄極楽図」。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

河鍋暁斎

没年:明治22.4.26(1889)
生年:天保2.4.7(1831.5.18)
幕末明治期の浮世絵師,日本画家。下総国古河(茨城県)生まれ。名は洞郁,字陳之。別号に狂斎,周麿,惺々,如空など。住居は下総古河,江戸お茶の水・下谷根岸など多数。絵は幼時歌川国芳に浮世絵を学んだが,のち狩野派画家前村洞和,さらに狩野洞白に学び,嘉永2(1849)年に職業絵師としての道を歩みはじめる。本絵師としてはしばらく不遇な時代を過ごすが,この間には蒔絵の下絵描きや錦絵などを手がけていた。慶応(1865~68)から明治初頭にかけて,寺社の絵馬を多数制作するころから次第に地位を確立し,明治4(1871)年暁斎と改号後は肉筆画を中心に盛んに作画活動を展開,写実にすぐれた卑俗な画風で一世を風靡した。

(内藤正人)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

かわなべぎょうさい【河鍋暁斎】

1831‐89(天保2‐明治22)
幕末・明治前期の画家。下総国古河(現,茨城県古河市)の藩士の家に生まれる。幼時より画才を発揮し,7歳にして歌川国芳の門に入り,浮世絵を修業。10歳で狩野派の前村洞和に学び,続いて狩野洞白に学ぶ。しかし,流派に縛られることを嫌い,狩野派から早々に独立する。最初は貧窮していたが,葛飾北斎の画風に影響されて,戯画の世界にテーマを見いだし,狂斎と号して人気を得た。豪放磊落(らいらく),酒を好んでつねに離さず,また奇行をもって知られる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

かわなべぎょうさい【河鍋暁斎】

1831~1889) 幕末・明治前期の画家。下総の人。名は洞郁。別号に狂斎・酒乱斎乱酔など。浮世絵と狩野派を学び、当時の世相を痛烈に風刺した版画・絵本などを描き、投獄されたこともある。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

河鍋暁斎
かわなべきょうさい

[生]天保2(1831).4.7. 下総古河
[没]1889.4.26. 東京
江戸時代後期・明治期の浮世絵師。姓は甲斐からのち河鍋。幼名周三郎のち洞郁。字は陳之。別号に狂斎,周磨,惺々など。幼時期には歌川国芳に浮世絵を学び,その後狩野派前村洞和,狩野洞白に師事。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

河鍋暁斎の関連キーワード初代歌川国貞籟堂菊川派五雲亭貞秀稲垣つる里の家芳滝庄五郎東燕斎寛志蒔絵師源三郎正歳

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

河鍋暁斎の関連情報