改訂新版 世界大百科事典 「底引網漁業」の意味・わかりやすい解説
底引網漁業 (そこびきあみぎょぎょう)
trawl fishery
円筒形あるいは円錐形の袋,さらにはこれに両翼をつけた網を,引綱をつけて水中を水平方向に引き,対象生物を囊(ふくろ)網の中に集めて漁獲する漁具を引網類という。このうち,いわ(沈子)綱が水底に接して引くものを底引網といい,これを用いて行う漁業を底引網漁業という。これに対して,表層あるいは中層を引くものを浮引網という。しかし,一般に浮魚の方が底魚より遊泳力が強く,垂直移動の幅も大きいので,引網で漁獲することは困難で,そのため浮引網は少なく,引網の多くは底引網である。しかし,機動力の高いトロール船などでは中層トロールなども行われる。広義の底引網には地引網も含まれるが,一般には底引網漁業に地引網は含めない。また,網をかけてからいかりを打って船を固定して,網を引き寄せる引寄せ網と,網を引いて進む引回し網とがあるが,現在は引寄せ網はあまり行われなくなっている。
網を引くに際しては,なるべく広い面積を引くのが効率がよいので,十分に網口を広げておく必要があるが,この開口の方法にいくつかある。まず拡網板を用いる方法で,オッタートロール,板引網などがこれにあたる。次は2隻の船で引く二艘(にそう)引き,網口に木や鉄の棒を渡す,あるいは桁と呼ばれる枠をつける方法はビームトロール,桁網に用いられる。このほか1隻でかけ回す一艘引き,帆打瀬(ほうたせ)のように長い竹ざおを張り出して,その両端に引綱をつなぐ方法などがある。現在の制度上は,船の規模,操業区域などによって表のように分類されている。表には底引網とトロールという語が混在しているが,ここでの使われ方は,各漁業の歴史的経緯を考慮しての便宜的区分であって,漁法上の差はない。今日,日本で行われている底引網のほとんどは英語でいうtrawlにあたる(トロールについての詳細は〈トロール漁業〉の項目を参照されたい)。
底引網漁業(ここでは,制度上トロールと呼ばれているものも含める)は巻網漁業とともにひじょうに重要な地位を占めており,近年の日本の海面漁獲量の約20%を占める。対象魚種は水域によって異なるが,ヒラメ・カレイ類,タラ類,メヌケ類,ニベ・イシモチ類,タイ類のほかアジ類,イボダイ,ハモ,タチウオ,カナガシラなどの魚類とイカ類,エビ類などである。
底引網漁業は地引網を出発点とするわけだが,これが沖へ出て引寄せ網(手操網)となり,潮力あるいは風力を使って網を引く引回し網(潮打瀬,帆打瀬)へと発展したわけである。この漁業が一大飛躍をとげるのは蒸気機関を備えたトロール船が導入されてからで,以後は,小型船までの動力の普及とあいまって機船底引網の時代となる。対象魚種をはっきり定め,その生態に合わせてある程度選んで漁獲する他の漁法と異なり,底引網の場合は網を引いた範囲に生息する魚種は区別なくとってしまう。網目にもよるが,ひじょうに効率のよい漁法であるため,資源への圧力が強く,乱獲に陥りやすい。そのためもあって他漁業との競合,あるいは同じ底引網であっても,規模が違うものとの間の摩擦が絶えず,歴史的にも各地域の漁場で多くの紛争が見られ,各種の厳重な制限が課される原因となっている。底引網漁業は,その発展に工業的な基礎を必要とするので先進諸国に発達している漁業で,歴史的にもヨーロッパで発達をとげた漁業である。このため,一国の中でも沿岸と沖合の対立があるように,国際的にも先進遠洋漁業国と沿岸諸国との間の紛争の原因となることが多い漁業といえる。
執筆者:清水 誠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報