海洋や陸水(河川、湖沼)に生息している生物を水生生物とよぶが、そのうち人間が食料あるいはその他の目的で利用する生物を水産資源としている。すなわち、水産業の対象とされているか、あるいは将来の利用を前提として考えた場合の水産生物の集団をいう。水生生物はそれ自体では水産資源とはなりえず、人間がそれらを必要として採捕し、利用しうる方法や技術を有することが重要で、たとえ水中に莫大(ばくだい)な量の生物が存在していても、それを採捕して利用する技術をもたなければ、その生物は水産資源とはなりえない。
[吉原喜好]
水中に生息している生物である水産資源には、他の天然資源とは異なるいくつかの特徴がある。
第一の特徴は自律的更新性である。ある瞬間に存在する資源量は、その資源の構成員である個体の死亡によって減耗する一方、親が子を産んで個体数を増加させ(再生産)、個体が成長して増重することによって生物生産を行い、それぞれの資源自身がもつ回転率で絶えず更新しているということで自律的(自己調節的)である。漁業が行われていない処女資源では、資源量の変化は、増加要因である加入量+増重量と、減少要因である自然死亡の量が平衡状態にある。しかし、漁獲が加えられることによって漁獲量分だけ資源が減少するが、資源に復原力が働いて、処女資源の場合とは異なった新しい平衡状態が生ずる。この復原力の分だけを毎年漁獲すれば、この資源は資源水準を変えることがなく永続的に利用できることになる。この量的水準を持続生産量とよんでいる。しかし、この復原力以上に漁獲圧力を加えると、資源はしだいに減少して枯渇状態となる。
第二の特徴は無主物性である。水面は基本的には公共のものとされているため、そこに生息する生物も無主物であり、水面から引き揚げられた(漁獲)時点で所有権が発生する。しかし、湖沼、河川においては水産資源増大のために放流事業を行っている場合にはかならずしも無主物とはいえず、その水面を管轄する自治体の定めた法令・規則などによって漁獲が規制される場合もある(漁業権魚種の指定)。
第三の特徴は不確実性である。多くの水生生物は水中で産卵・孵化(ふか)し、自然的な減耗を受けながら成長し、親魚となって再生産に参加する過程をたどるが、発生初期の段階ではその生き残りは周囲の環境条件に左右される。また、産卵量もその時点での親魚の量に依存することから、新規加入量も一定でない。さらに、魚種によっては豊漁と不漁が非常にはっきりした大規模な周期変動を行っている場合もあれば、季節変動などの短期間の変動もみられる。そのため時間的、空間的な分布に変化の大きい資源を対象とする場合、その漁業は不安定となり、計画的な生産を行うことは困難である。
水中の食物連鎖は微細な植物プランクトンから始まるため、一般に連鎖が長くて複雑である。人間が利用している魚類やそのほかの生物のなかには、植物食性のいわば栄養段階の低位のものから肉食性の高位のものまで多様であり、栄養段階の高位の生物ほど質的に優れている生物が多く含まれているが、それらは下位のものより相対的に存在量が小さい。すなわち、水産資源は質と量に制限があるといえる。
[吉原喜好]
量的にも質的にも制限のある水産資源を、合理的にしかも永続的に利用するためには、資源のもつ数量変動の法則性や、漁業とのかかわり合いを明らかにして資源の最適利用法を示し、資源や漁獲の将来の変動を予測し、さらに資源涵養(かんよう)の方策を探る必要があり、これらを資源診断と称する。
資源を診断するには、対象となる生物の年齢組成や成長量、生残率、加入率、自然死亡係数や漁獲死亡係数などの資源特性値を推定し、資源の動向や漁業の現状を調査する必要がある。水産資源は一般に生物の種類別に、たとえばマグロ資源、マイワシ資源などとよばれるが、これらはさらに、形態的、生態的に異なる小群団に分かれており、系群とよばれている。実際の漁業はこの系群を対象としているわけであるから、系群ごとの特性を把握しなければならない。資源の動向や加入量を明らかにするためには、資源の絶対量や相対量の毎年の変動を知っておく必要がある。相対量としては、漁獲努力量当りの漁獲量が有力な情報となるが、そのためには魚種別の漁獲量や操業回数などの漁獲努力量の調査が不可欠である。また、漁獲物の年齢組成から生残率あるいは死亡係数が推定され、年齢と体長または体重との関係として成長方程式が求められる。これらの情報は、いずれも漁業の実態調査や漁獲物の魚体調査から得られる。また、産卵調査、魚群探知機調査や標識放流調査も有力な手段となる。
[吉原喜好]
資源を恒久的に利用するためには、その資源の量を把握し、増加や減少の法則性を知ることが重要である。しかし、水生生物の資源量を正確に調べることは困難であるが、次のようないくつかの方法を併用して資源量を推定している。
(1)漁獲量や漁獲努力量などの漁獲統計資料を用いて資源の大きさや資源特性値を推定する。
(2)標識放流の再捕結果から資源尾数やその他の資源特性値を推定する。
(3)魚群探知機の記録を用いて、資源状態に関する情報とともに、水中における遊泳状態や成群性、分布、鉛直移動などの生物情報を推定する。
(4)卵・稚仔魚(ちしぎょ)の分布密度から産卵総量を推定し、さらに産卵親魚量を推定する。
(5)船上あるいは航空機から目視で計数する。
(6)人工衛星からの情報を利用する研究も行われている。
これらの方法は単独で用いられる場合もあるが、いくつかの方法を組み合わせて行う場合も多い。
[吉原喜好]
資源診断によってある生物群が減少、あるいは減少の危険があると判断された場合、関係する漁業の規制を通じて対象資源を望ましい水準に維持あるいは回復を図ったりするための方策を行う。すなわち禁漁区・禁漁期の設定、漁具・漁法の制限、漁獲できる体長の制限、努力量や漁獲量の制限などを行ったり、環境の整備・管理、さらに積極的な手段として、人工種苗の放流などによる資源水準引上げを行う方法もとられている。資源の管理に関する法律としては、水産資源保護法(昭和26年法律第313号)、および海洋生物資源の保存及び管理に関する法律(平成9年法律第77号)などがある。
[吉原喜好]
水産とは水界から生産される食料およびその生産行為を指す言葉として,明治時代に使われ始めた言葉であり,したがって水産資源とはその対象となる水生動植物を指す。資源は人間が価値ありと認めたものであるから,水産資源といった場合,水生動植物すべてを含むわけではない。もちろん,価値は時代とともに変わり,利用価値のなかったものが,別の時代に脚光を浴びることはつねに起こっていることで,その意味では水生動植物すべてが潜在的に水産資源であるかもしれないが,普通はこういう広義の使い方はしない。
水産資源の特徴はそれが生物資源であるために自己再生産力をもつ点にある。海底石油,マンガン団塊など水界から生産される資源はほかにもあるが,これらは自己を再生産する機能はもたないから有限である。これに対し,水産資源は再生産力をもつので,その利用法を誤らなければ無限に利用することができる。これが最大の特徴である。
人間が現在利用している水産資源はひじょうに多種の動植物にわたっている。藻類,各種無脊椎動物,魚類から大型のクジラなどの哺乳類まで細かく種を数えあげれば万の単位となろう。中でも日本は最も幅広く水生動植物を利用している国であり,これほど多様な海藻を消費し,またウニ,ナマコ,ホヤといったものまで食べる国民はほかにない。水産資源の量的側面のめやすの一つは漁獲および養殖による総生産量であろう。世界の総生産量は1950年代には年間3000万t台であったが,60年代には6000万tを超え,80年代には1億tを超えて今日に至っている。おおざっぱにいって10%強が淡水域からの生産で,90%弱が海域および汽水域からの生産である。海域についてはその40~45%が大西洋で,50~55%が太平洋で水揚げされている。残りはインド洋からの生産で3~6%程度だが,近年インド洋の寄与が増加しつつある。太平洋の中でも日本近海を含む北西太平洋は生産性が高く,水揚げは全海洋の生産量の30%弱を占める。
1960年代の漁獲量の増加は,水産資源の開発がこの時期に急速に進んだことを示しているが,70年代に入ると増えたり減ったりでほぼ横ばいとなり,開発が一つの峠にさしかかっていることを示唆しているように見える。では,将来生産量としてまだ増加が見込めるのであろうか。従来から多くの予測が国レベルで,あるいは世界的に行われた。多くの場合,過去の発展の動向を将来に延長して予測が行われるが,日本の場合,現実の漁獲量はつねに予測されたレベルを上回ってきた。しかしこの傾向が今後も続くことはありそうにない。そろそろ頭打ちになると考えておくべきであろう。
世界的な漁獲量の予測も数多くなされたが,淡水域での生産量は全体に対する寄与からいっても限度があるので,多くは海域についてのものである。予測には二つの方法がある。一つは海洋の基礎生産力から出発して,生態効率を使って食物連鎖の各段階の生産量をたどるもので,われわれが対象とする生物が基礎生産の何段階上のものかによって生産量が決まる。こういう生態学的方法の場合,個々の具体的な種は問題にし難く,ある栄養段階の総体としての値が推定されるので,人間が利用しない種も含まれることになり,過大評価となる傾向がある。もう一つの方法は,過去の実績を使うもので,各海域ともすでにかなり開発が進んでおり,単位面積当りの生産量を将来を推定する基礎として用いることができる。水域を分類し,それぞれの面積と単位面積当りの生産量から,総生産量を推定することができる。従来の推定値は年間6000万tから2億tぐらいまで幅があるが,FAOの最近の推定ではほぼ1億tとされている。これは各水域,各生物群(浮魚,底魚,甲殻類,貝類,頭足類など)ごとに現在の生産量,開発の程度などを勘案して求めたもので,信頼性はかなり高いと考えられる。もちろん不確定要素はいろいろある。例えば,2億tの現存量をもつといわれるオキアミは数千万tの漁獲をしても資源は維持されると考えられているので,こういう資源をどう考えるかで,答えは大きく変わる。
問題は開発にあたっての資源の維持についての注意であろう。水産資源は生物資源であって再生産可能という大きな特徴をもつのだが,ある限度以上の漁獲を加えれば資源自体が絶滅してしまうことは捕鯨の歴史を見れば明らかである。一つの種を考えた場合,この種だけが無限に増えることはありえず,人間の手が加わらないときには,資源量は環境とつり合ったあるレベルを上下しながら維持されると考えられる。漁獲を行うと資源は減るが,資源が小さくなると一般に増加率は増えて資源に純増が生じ,その分だけは漁獲しても資源に変化は生じない。こういう漁獲量を維持漁獲量というが,増加率は一般に資源レベルが処女資源の半分のレベルになったとき最大となり,このとき,最大維持漁獲量maximum sustainable yield(略称MSY)が得られる。このMSYをめやすとして資源管理が行われることが多い。しかし多くの種について基礎的な生物学的情報が不足しており,研究が進められなければならない。
水産資源はサンゴ,真珠,海綿をはじめ,鯨油,鯨骨,肥料,飼餌料など,人類の歴史の古くから食料以外の面でも重要な役割を果たしてきた。近年,医薬品・生物活性物質などの原料としての重要性は一段と高まっている。この面でも今後,水産資源の開発は積極的に進められるであろう。
→漁場
執筆者:清水 誠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新