江戸後期の経世思想家。名は皐鶴(こうかく)、字(あざな)は萬和(まんわ)、青陵はその号である。宝暦(ほうれき)5年丹後(たんご)国(京都府北部)宮津藩家老角田市左衛門(1720―1789)の長子として江戸に生まれたが、家督を弟に譲り、生涯の大部分を諸国遊歴に費やし、絶えず自己を自由な境界に置いて独自の思想を展開した。晩年は京都に腰を落ち着け著述活動に専念した。文化(ぶんか)14年没。京都市左京区黒谷西雲(さいうん)院に葬られた。著書に『稽古談(けいこだん)』『前識談』『洪範談』『老子国字解』『文法披雲』など二十数部がある。青陵は俗儒の経典墨守的な学問態度を鋭く批判して、現実の諸問題に有効性をもつ実用的な学問を提唱し、この立場から「古人の智(ち)」にかわって「己が智(ち)」で、社会経済に内在する「理」を見抜き、これを活用すべきことを説いた。具体的な経世策としては、商品経済機構の法則を活用すべく藩営商業論を積極的に説いた。また認識獲得の方法、思考の方法、学問の方法、文章創作の方法など総じて知的活動におけるユニークな方法論を展開している点が注目される。
[小島康敬 2016年5月19日]
『蔵並省自校注『日本思想大系44 本多利明・海保青陵』(1970・岩波書店)』
江戸中期の経世家。名は皐鶴,字は万和,通称儀平,青陵は号。丹後宮津藩家老角田市左衛門の子として江戸に生まれ,祖父の姓海保を名のる。一時丹波篠山藩に仕えたが辞任。関東西国を遍歴,晩年京都に塾を開く。1805年(文化2)加賀来遊,講述も行う。師は徂徠学派の宇佐美恵助。徳川社会の矛盾は商業資本を肯定し,商業的社会・経済的機構を伸ばすことによって解決されるとしたが,商人の立場には立たず,武士出身の経世家として思索論述した。〈古へより君臣は市道なりといふなり……君は臣をかい,臣は君へうりて,うりかいなり〉という合理的・近代的な考えのもと,君臣関係を取引関係とし,武士は商品経済の機構を離れては一日も生活できないと説いた。封建制の立直しに藩専売を説き,藩単位ではあるが“重商主義”の立場に立った。主著に《稽古談》《海保儀平書並或問》《天王談》《万屋談》《諭民談》《升小談》等がある。
執筆者:塚谷 晃弘
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1755~1817.5.29
「かいほ」とも。江戸後期の経世思想家。名は皐鶴(こうかく),通称は儀平,青陵は号。丹後国宮津藩の家老角田市左衛門の長男に生まれたが,のち曾祖父の姓を継ぎ海保と称した。徂徠(そらい)学派の宇佐美灊水(しんすい)に学ぶ。京都と江戸を中心に諸国を遊歴し,物産や地理など実際的な知識を身につけた。京都に塾を開くとともに諸国を回って経世思想を講じた。徂徠学の学統だが,その思想は商品経済の発展にともなう社会動向を積極的に評価するもので,藩営専売を富国の源泉とし,商品交換の原理である「ウリカヒの理」を社会関係の基軸にすえるなど経験的現実から人が則るべき行動規範を抽出しようとした。「稽古談」をはじめ「海保青陵経済談」と一括される講演筆記の著作が多い。
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…同時にこの制度による人民の秩序づけの論理は〈其人ノ内面ハ如何ニト問ハズ〉とする春台学をうみ〈道〉の外面化を促した。その延長線上に〈覇道〉を積極的に説く海保青陵,さらに内外両面の峻別に立ち近代的な政教分離を説く西周が現れる。 ただし徂徠思想自体はあくまで過渡的な様相を帯びていた。…
…江戸中期の経世家海保青陵の経世論を集大成した書。全5巻。…
…中井竹山はその経済策において町人の利益の立場から運上金の廃止などを唱え,交通や社会福祉策のうえで先駆的な主張を行った。
[展開――青陵,利明,信淵]
徂徠の実証主義や春台の商業藩営論などの延長に,より現実的で合理主義的な海保青陵(1755‐1817)の経世論がつづく。彼が生きた時代には,幕藩体制の行詰りが,いっそうあらわになった。…
… 徂徠以後,実学思想は一変した。中期になると,山片蟠桃などは天文地理と医術のようなものを実学と考え,海保青陵は学問を経世済民という目的に奉仕すべきもの,今の世に役だつ学問こそ実学とした。本多利明にいたると,蘭学の影響を受け,西洋流の航海術,天文・地理,算数などの海外交易に役だつ学を実学と考えた。…
※「海保青陵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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