法律上定められた特殊の債権を有する者が,債務者の財産につき,法律上当然に他の債権者に優先してその債権の弁済を受けうる担保物権をいう。〈せんしゅとっけん〉ともよむ。例えば,雇人は主人の家が破産した場合に給料債権につき主人の総財産から(民法306条2号),家主は延滞家賃債権につき借家人の家具調度の競売代金から(311条1号),また,家屋の建築工事をした請負人はその請負代金債権につきその家屋の競売代金から(325条2号),それぞれ優先的に弁済をうけうる。先取特権には,債務者の総財産を目的とするもの(一般先取特権-第1の例)と,特定の財産を目的とするもの(特別先取特権)とがあり,後者はさらに,特定の動産を目的とするもの(動産先取特権-第2の例)と,特定の不動産を目的とするもの(不動産先取特権-第3の例)とに分けられる。
民法が一定種類の債権につきこの先取特権を認めた根拠としては,公平の精神(第3の例),当事者の意思の推測(第2の例),社会政策的考慮(第1の例),特定の産業保護,またはこれらのものの組合せが考えられる。しかし先取特権は,とくに,それによって担保される債権と目的物とは必ずしも緊密な場所的関係をもたないために,他の債権者に不測の損失を与える可能性が少なくない。このため例えばドイツ民法,スイス民法はこの制度の採用にはきわめて慎重な態度をとっているが,日本の民法はフランス民法にならってこれを広範に認めており,近代的担保法則としては遅れていると批判されている。
先取特権の最も重要な法的効力は,特定の債権につき債務者の特定または不特定の財産から優先弁済を受けうる点にある。すなわちみずからその財産を競売し,または他の一般債権者ないし担保権者の執行手続において,その売得金から一定の順位に従って優先弁済を受け,また債務者破産の場合には,一般先取特権者は破産財団に属する財産から優先弁済を受け(破産法39条),特別先取特権者は別除権を有する(92条)。なお同一の財産につき複数の先取特権が競合する場合,および先取特権と他の担保物権が競合する場合の,それぞれの間の優先関係については,民法および特別法中に詳細な規定がおかれている。
執筆者:東海林 邦彦
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法律の定めた特殊な債権を有する者が債務者の一定の財産から優先的にその弁済を受ける担保物権(民法303条~341条)。1人の債務者に対して債権者が多数いて、債務者の総財産で債権者全部を満足させることができないときは、各債権者に平等に(債権額に比例して)債務者の財産を分配するのが原則である(債権者平等の原則)。ただ、抵当権や質権のように優先的に弁済を受ける権利をもっている債権者は、他の者に先んじて自分の債権の満足を受けることができるが、抵当権や質権は一般の人にその存在がわかるような手段が講じられるので、他の債権者に思わぬ損失を加えることはない。先取特権を有する債権者は、そのような公示の手段を講じなくても、債務者の特定の財産から優先的に弁済を受けられる。法律が債権者平等の原則を破って特殊の債権に先取特権を与える理由はいろいろある。たとえば、雇い人が雇い主に対して給料債権をもっていても、雇い主にほかに債権者が大ぜいいるときは、債権者平等の原則に従うと、きわめてわずかな額しかもらえなくなることがある。それでは雇い人に気の毒であるというので、民法は雇い人の給料債権について先取特権を認めている(同法306条2号、308条)。この場合は、社会政策的考慮に基づいて先取特権が認められたといえるであろう。そのほかに、ほかの債権者の利益との均衡上認められるもの(1人の債権者が債務者の財産を保存するために費用を出したような場合。同法306条1号、307条)や、当事者間の意思の推測に基づくもの(旅館の主人は客の手荷物を信頼して、それを担保にして客を泊めるという暗黙の意思表示があるので、宿泊費については手荷物から優先的に弁済を受ける権利が認められる。民法311条3号、317条)などがある。なお、最近では、民法以外にもいろいろな理由から特別法によって認められる先取特権がかなり多数ある。
先取特権は、債務者の全財産に対して優先権を認めるか、個々の特定の財産のうえに優先権を認めるかによって、一般の先取特権と特別の先取特権とに分かれるが、後者はさらに、特定の財産が動産であるか不動産であるかによって、動産の先取特権と不動産の先取特権とに分かれる。
[高橋康之・野澤正充]
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…例えば,雇人は主人の家が破産した場合に給料債権につき主人の総財産から(民法306条2号),家主は延滞家賃債権につき借家人の家具調度の競売代金から(311条1号),また,家屋の建築工事をした請負人はその請負代金債権につきその家屋の競売代金から(325条2号),それぞれ優先的に弁済をうけうる。先取特権には,債務者の総財産を目的とするもの(一般先取特権―第1の例)と,特定の財産を目的とするもの(特別先取特権)とがあり,後者はさらに,特定の動産を目的とするもの(動産先取特権―第2の例)と,特定の不動産を目的とするもの(不動産先取特権―第3の例)とに分けられる。 民法が一定種類の債権につきこの先取特権を認めた根拠としては,公平の精神(第3の例),当事者の意思の推測(第2の例),社会政策的考慮(第1の例),特定の産業保護,またはこれらのものの組合せが考えられる。…
※「先取特権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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