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渡辺海旭 わたなべかいぎょく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

渡辺海旭
わたなべかいぎょく

[生]明治5(1872).1. 東京
[没]1933.1.26. 東京
浄土宗の学僧。号は壺月。 14歳で得度し,浄土宗学本校を経て,浄土宗第一校教諭となった。 1900年ドイツのシュトラスブルク大学に留学し,E.ロイマンに師事してサンスクリット語を学び,学位を得て 10年帰国。

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デジタル大辞泉の解説

わたなべ‐かいきょく【渡辺海旭】

[1872~1933]浄土宗の僧。東京の生まれ。号、壺月。ドイツに留学し、サンスクリットパーリチベット語を研究。帰国後、東洋・大正大学教授。高楠順次郎と「大正新修大蔵経」を監修。学界・教育界・社会事業など多方面に活躍。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

渡辺海旭 わたなべ-かいぎょく

1872-1933 明治-昭和時代前期の僧,仏教学者。
明治5年1月15日生まれ。33-43年ドイツに留学し,比較宗教学をまなぶ。宗教大(現大正大),東洋大教授をへて,44年芝中学校長となる。昭和4年日本仏教学協会を設立。高楠順次郎とともに「大正新修大蔵経」を監修。昭和8年1月26日死去。62歳。東京出身。浄土宗宗学本校卒。号は壺月。著作に「欧米の仏教」。

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大辞林 第三版の解説

わたなべかいきょく【渡辺海旭】

1872~1933) 浄土宗の学僧。東京生まれ。ドイツに留学後、東洋大学などで教えた。高楠順次郎と行なった「大正新修大蔵経」の監修の功績が知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

渡辺海旭
わたなべかいぎょく
(1872―1933)

浄土宗の僧。号は壺月(こげつ)。東京生まれ。1895年(明治28)、浄土宗教学本校を卒業、『浄土教報』主筆となり、1900年(明治33)ドイツに留学、仏教を中心に比較宗教学やインド・イラン研究に従事、10年帰国。直後、宗教大学・東洋大学教授、のち大正大学教授・理事長となる。高楠(たかくす)順次郎と『大正新修大蔵経(だいぞうきょう)』100巻中85巻を監修して完成。23年(大正12)から浄土宗執綱として宗務を統括、29年(昭和4)に森川智徳らと日本仏教学協会(現日本仏教学会)を設立した。早くから新仏教徒同志会の同人として仏教の活性化を図り、また学界・教育界・社会事業など広範に活躍し、1911年来、終生、芝中学校校長の職にもあって、知識人を含め多くの人々に影響を与えた。[石上善應]
『『壺月全集』補訂版・二巻(1977・大東出版社)』

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