日本大百科全書(ニッポニカ) 「火打石」の意味・わかりやすい解説
火打石
ひうちいし
発火具の一種。ヒウチイシとヒウチガネからなる。普通、燧石(すいせき)(石英の一種)のほか、黒曜石、珪石(けいせき)、玉髄などを用い、その先鋭な稜角(りょうかく)を相互いに打ち合わせるか、これに鋼鉄の火打鉄(がね)を打ち合わせて火を鑽(き)り出す。衝撃法とよばれ、木と木とをすり合わせて火を得る摩擦法などとともに原始的な発火法の一種で、この方法は、すでに『古事記』の倭建命(やまとたけるのみこと)(日本武尊)の東征物語にみえている。古くは「燧」、後世は「燧石」「火打石」などと書いてヒウチイシとよんでいるが、地方によってはカドイシとも、カド、ヒウチカド、ピーダシカーラなどともよんでいる。
一方、火打鉄は、古くは鎌(かま)などありあわせの鉄製農具の破片を利用したかと考えられるが、やがて鍛冶(かじ)の普及とともに専用の火打鉄がつくられるようになった。火打鉄は「火刀」などとも書いたが、普通、「燧鉄」「燧金」「火打金」などと書いてヒウチガネとよんでいる。しかし、関東ではもっぱらこれをヒウチガマとよんでいた。火打は、火打石に火打鉄を打ち合わせて発火させ、火口(ほくち)に移して火をとった。
火口には古くは朽ち木や柔らかい木、のちにはガマ、アサ、イチビなどの草幹を焼いて、消し炭をとり、これを粉末にして家々で火口をつくることが広く行われたが、近世にはツバナやガマの穂やパンヤに煙硝(えんしょう)などを加え、赤、黒などに色を染めて商品化した火口も行われていた。火口は古く「㸅」と書いてホソクズ、ホスヒ、ホクソなどとよんだが、これは、本来、燭余灰(しょくよかい)、火糞(ほくそ)の義で、火鑽杵(ひきりぎね)・火鑽臼(うす)を使って火を鑽る際に、摩擦によって自然にたまる木屑(きくず)などをよんだものであった。ところで、火打道具を入れるのには、火打袋、火打笥(げ)、火打箱が用いられたが、火打袋、火打笥は外出に際して携行され、火打箱はもっぱら家内で使用された。火打は、近世では京都の明珍(みょうちん)の製品が名高かったが、上州(群馬県)の吉井家のものは近年まで広く使用されていた。
なお、日本では火には浄化・除災の力があると信じられ、祭りには火を焚(た)いて神を招き降ろすことが行われ、御火焚(みひたき)を中心とした火祭りも多くみられるが、旅立ちや外出のときに門口で、火打石と火打鉄で人や物に火を打ちかける清めとしての鑽火(きりび)の習俗は、現在でも芸能界や花柳界などで盛んに行われている。
[宮本瑞夫]