コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

片山国嘉 カタヤマクニカ

デジタル大辞泉の解説

かたやま‐くにか【片山国嘉】

[1855~1931]法医学者。静岡の生まれ。日本に近代法医学を確立。社会事業にも尽くした。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

片山国嘉 かたやま-くにか

1855-1931 明治-昭和時代前期の法医学者。
安政2年7月7日生まれ。母校東京大学の助教授となり,裁判医学と衛生学を担当。明治21年教授に就任,翌年わが国最初の法医学講座を開講した。35年清(しん)(中国)韓両国との医学交流のため同仁会を設立。晩年は禁酒運動につくした。昭和6年11月3日死去。77歳。遠江(とおとうみ)(静岡県)出身。著作に「最新法医学講義」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

かたやまくによし【片山国嘉】

1855‐1931(安政2‐昭和6)
日本法医学の開祖,〈法医学〉の語をつくる。静岡県出身。1879年(明治12)東大卒。生理学教室に入ったが,その師ティーゲルErnst Tiegelの助手として裁判医学の講義・通訳をしたのが法医学に関与したはじまりで,81年助教授,84年ドイツなどに留学,88年帰国,教授となり裁判医学を担当。法医学と改称し,93年の講座制発足に際し法医学講座の初代教授として,日本における近代的法医学を樹立し,科学の力によって法の公正を保つようにした。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

かたやまくにか【片山国嘉】

1855~1931) 法医学者。静岡県生まれ。東大教授。日本に近代的な法医学を確立。また、禁酒運動に尽力。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の片山国嘉の言及

【法医学】より

… 日本における近代法医学は,1875年解剖学教師デーニツWilhelm Doenitz(1838‐1912)が警視庁裁判医学校において公法医学あるいは裁判医学として講義したのが始まりである。82年には,日本人による最初の法医学書が《裁判医学提綱前編》として,片山国嘉らによって刊行された。片山は,日本の法医学の始祖とされ,81年に東京大学において,日本人として初めて法医学を講義した。…

※「片山国嘉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

片山国嘉の関連キーワード片山国幸片山

今日のキーワード

桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す

《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android