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牧野虎雄 まきの とらお

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美術人名辞典の解説

牧野虎雄

洋画家。新潟県生。東美校卒。黒田清輝藤島武二に師事。槐樹社を経て旺玄社を創立。初期の褐色を主調にした作風から、日本画の装飾的要素を採り入れた明るい画面の日本的洋画に向かった。また帝国美校・多摩美大の教授として美術教育に尽力した。昭和21年(1946)歿、57才。

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百科事典マイペディアの解説

牧野虎雄【まきのとらお】

洋画家。新潟県生れ。1908年東京美術学校に入り,黒田清輝藤島武二に師事。在学中第6回文展に入選し,以後も文展でたびたび賞を受けた。1924年槐樹社を興し,1942年には旺玄社を設立。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

牧野虎雄 まきの-とらお

1890-1946 大正-昭和時代の洋画家。
明治23年12月15日生まれ。東京美術学校(現東京芸大)在学中に文展入選。大正8年第1回帝展に推薦出品,のち審査員となる。13年槐樹(かいじゅ)社を創設。昭和4年帝国美術学校教授,のち多摩帝国美術学校(現多摩美大)設立につくし,洋画科主任教授となる。昭和21年10月18日死去。57歳。新潟県出身。代表作に「凧揚(たこあげ)」「磯(いそ)」など。

出典|講談社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

牧野虎雄
まきのとらお

[生]1890.12.15. 新潟,高田
[没]1946.10.18. 東京
洋画家。 1908年東京美術学校西洋画科に入学,黒田清輝,藤島武二の指導を受け,在学中に第6回文展に初入選。卒業後,第 10,12回文展で『渓流の水浴』 (1916) ,『麦扱 (こ) く農夫』 (18) が特選となり,のち帝展審査員。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

牧野虎雄
まきのとらお
(1890―1946)

洋画家。新潟県生まれ。白馬(はくば)会研究所に入り、1912年(大正1)東京美術学校西洋画科在学中に文展入選、翌年同校を卒業して研究科に進む。文展、帝展に出品して特選、推薦、無鑑査となり、22年以後帝展の審査員を務める。24年同志と槐樹(かいじゅ)社を創立し、33年(昭和8)旺玄(おうげん)社を創立して主宰者となる。29年帝国美術学校洋画部教授となり、35年辞任して多摩帝国美術学校(現多摩美術大学)の創設に参加し、洋画科主任教授となる。日本の風土に即した独自の装飾的写実画風を示した。代表作に『凧揚(たこあげ)』『磯(いそ)』『明るい部屋』がある。[小倉忠夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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