昔話。動物と人間の娘との結婚を主題にした婚姻譚(たん)の一つ。爺(じじ)が、田に水を引いてくれた者に娘を嫁にやるという。猿がそれを聞き、田に水を引き、娘をもらいにくる。上の2人は断り、末娘が承知する。里帰りのとき、川の上に見える花を取ってくれと娘が頼む。猿は、花を取ろうとして川に落ち、おぼれて死に、娘は無事に帰る。全国的に数多く分布する昔話の一つである。
不特定の人に、一定の条件を果たしたら娘を嫁にやろうと約束するという発端の形式は、婿を異類とする婚姻譚の特色で、「犬婿入り」「蛇(へび)婿入り」などにもみられる。ことに、「蛇婿入り」には、「猿婿入り」と共通の発端をもった一群の昔話がある。「猿婿入り」の特徴は、猿を川に落とすところにある。猿が餅(もち)を入れた餅搗(つ)き臼(うす)を背負っていたというのは、川に沈まずに流されていくための設定である。日本の信仰では、蛇は水の霊の姿であるが、猿を水の霊として描いた伝説も少なくない。『古事記』に猿田毘古(さるたひこ)が海水におぼれたとあるのもその一例である。「猿婿入り」の猿も、水の霊の姿であろう。「蛇婿入り」には、ひさごを持って嫁に行き、ひさごを沈めることができたら嫁になろうといって蛇を試す例もある。「猿婿入り」の臼は、「蛇婿入り」のひさごに相当する。ひさごを沈めることができるかどうかで、水の神の霊力を試す話は、すでに『日本書紀』仁徳(にんとく)紀に2例もみえている。「猿婿入り」は、田に水を引く水の霊を、人間がひさごの力で征服し、水田経営を無事に進めるという宗教的な物語が昔話化したものであろう。猿が川を流れていくときに詠んだという辞世の歌がついているが、それは、この昔話が、中世的な物語として構成されて語り広められた名残(なごり)であろう。室町時代の物語草子の『藤袋(ふじぶくろ)の草子』は、この昔話の構想と同一の物語であるが、後段はやや異なり、猟師が娘を助け、猿を退治したとあり、昔話のような宗教性はまったく失われている。
[小島瓔]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…【村下 重夫】
【民俗】
[日本]
針は裁縫道具であるだけでなく,呪具でもあった。三輪山伝説や蛇婿入り(へびむこいり)の昔話では,女のもとに訪れた男の正体を探るために男の衣服に糸をつけた針を刺してあとをつけるというモティーフが見られ,また猿婿入り(さるむこいり)の昔話では猿のもとに嫁ぐことになった末娘が瓢簞(ひようたん)と針で猿を退治する話になっている。針は布など別のものを縫い合わせて結びつけ,以前とは異なった新しいものを作り上げる機能をもつが,蛇婿入り譚では鍵穴や障子といういわばこの世と異界の境をこえて二つの世界を結びつけており,また,猿婿入り譚では川や橋というやはり顕幽の境をなす場所で金属の呪力をもつ針と霊魂の容器である瓢簞とで異類聟を退治している。…
… 〈水乞型〉の昔話は,干上がった田に水を引いてもらうこととの引きかえに,3人の娘のうちの1人を蛇の嫁にするという約束をし,約束どおり末娘を嫁にやるが,嫁入りの途中,知恵の働く末娘が嫁入道具として持参したヒョウタンと針で蛇を殺す,という内容のものが一般的であるが,蛇のところに嫁入りしたのち出産のために里帰りし,蛇の姿で出産しているのをのぞかれて去るという,豊玉姫(とよたまひめ)説話との交流をうかがわせる内容をもつものもある。この〈水乞型〉とほぼ同じ内容の昔話に〈猿婿入り〉と呼ばれるものがある。この昔話は,嫁入りの途中で猿婿を殺すものと里帰りの途中で殺すものの二つのタイプがみられ,前者は西南日本,後者は東北日本というように強い分布上のかたよりを示している。…
※「猿婿入り」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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