蛇が男になって人間の娘に求婚するという内容をもつ,異類婚姻譚に属する昔話群の総称。蛇婿入譚は内容から〈苧環(おだまき)型〉〈水乞(みずこい)型〉〈蛙報恩型〉に大別される。〈苧環型〉は,夜中に娘のところに見知らぬ若い男が通ってくるのを怪しんだ親が,男の着物に糸を通した針を刺させ,男が帰ったあとその糸をたどっていったところ蛇のすみかに至り,そこで蛇の親子の会話を立ち聞きして娘に宿った蛇の子を堕(おろ)す方法を知る,というものである。同じ内容の話が古代の神話や伝説にもみえて,三輪山型神婚説話(三輪山伝説)と呼ばれている。古代説話では,蛇との婚姻によって生まれた子どもを神聖視することが強調され,たとえば,豊後の豪族緒方氏(緒方惟義(おがたこれよし))の伝承のように,しばしば一族の始祖伝説として語られ,そのような一族の子孫の身体の一部に,そのしるしとしてうろこなどがあると伝えるところもある。これに対して,昔話の方では蛇との婚姻を忌避することが強調され,堕胎(だたい)の習俗や端午(たんご)の節供などと関連させて語られることが多い。
〈水乞型〉の昔話は,干上がった田に水を引いてもらうこととの引きかえに,3人の娘のうちの1人を蛇の嫁にするという約束をし,約束どおり末娘を嫁にやるが,嫁入りの途中,知恵の働く末娘が嫁入道具として持参したヒョウタンと針で蛇を殺す,という内容のものが一般的であるが,蛇のところに嫁入りしたのち出産のために里帰りし,蛇の姿で出産しているのをのぞかれて去るという,豊玉姫(とよたまひめ)説話との交流をうかがわせる内容をもつものもある。この〈水乞型〉とほぼ同じ内容の昔話に〈猿婿入り〉と呼ばれるものがある。この昔話は,嫁入りの途中で猿婿を殺すものと里帰りの途中で殺すものの二つのタイプがみられ,前者は西南日本,後者は東北日本というように強い分布上のかたよりを示している。この〈猿婿入り〉と〈蛇婿入り・水乞型〉とを比較すると,前者が畑仕事の手伝いを猿婿にさせるのに対して,後者では水田に水をあてさせることが多いという違いが指摘でき,このことは〈猿婿入り〉が猿を山の神の表象とする畑作地帯で,〈蛇婿入り〉が蛇を水の神の表象とする水田地帯で語られていたことを示すものと理解することもできる。このほかにも〈河童婿入り〉〈鬼婿入り〉などがこの〈水乞型〉の昔話群に属する。これら〈水乞型〉昔話は,独立した形で語られるほかに,後半部として異類婿のもとから逃れた娘が長者の息子の嫁になるという〈姥皮(うばかわ)〉型の昔話や,娘の父やその援助者が娘を救出しに行く〈鬼の子小綱(こづな)〉型の昔話をともなっているものもある。〈姥皮〉型の昔話では,娘を援助する者が山姥(やまうば)であることが多く,娘に醜い姿に変身するための皮を与えており,山姥の福神的側面を語るものとして注目される。また,〈鬼の子小綱〉の場合,異類からの脱出において重要な役割を果たす,異類との間に生まれた子どもが,異類と人間の双方の属性をもっているかのように〈片〉とか〈片角〉といった奇妙な名前をもち,三輪山型説話や〈酒呑童子(しゆてんどうじ)〉説話との交流をうかがわせている。
〈蛙報恩型〉の昔話は〈水乞型〉の変形ともいうべきもので,通りがかった男が,蛇にのまれそうになった蛙を助けるため,自分の娘を蛇の嫁にするが,嫁入りする途中娘はヒョウタンと針で蛇婿を殺すという展開になっている。この昔話の変形に〈鴻(こう)の卵〉というのがある。蛙をゆるす代りに蛇は男の嫁もしくは男の娘の婿になり,相手を病気にさせるが,易者や六部(ろくぶ)などの姿になって現れた蛙が蛇を退治するという内容になっている。
このように,蛇との婚姻を含みながらも,〈蛇婿入り〉は内容的に大きな違いが認められるわけであるが,これに関して,歴史学的視点に立つ研究者は,〈苧環型〉では妻訪いが,〈水乞型〉では嫁入りが行われているので,現実の社会生活における妻訪婚から嫁入婚への婚姻形式の変化が反映されているとみるだけでなく,それによって昔話の成立の時期とその変遷の過程を復元できると考えてきた。また,蛇などの異類に対する信仰の衰退をみようとすることもなされている。しかし,こうした歴史的解釈だけでなく,昔話の伝承者たちの異類に対する両義的態度,すなわち,異類との交流を歓迎する気持ちとそれを忌避しようとする気持ちの双方が同時に語られているとも考えることができる。
執筆者:小松 和彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
異類婚姻譚(たん)に属する昔話。苧環(おだまき)型と水乞(みずご)い型に分類される。苧環型は、娘のもとに毎夜男が通ってくる。不審に思った母親が男の着物の裾(すそ)に糸を通した針を刺させる。翌朝、糸をたどっていくと、洞穴の中で針の毒にあたった蛇が苦しんでいる。そこで、娘が蛇の子を宿したこと、その下ろし方などを聞き知る。そして、娘は、3月3日の桃酒を飲む、または5月5日の菖蒲(しょうぶ)湯に入って蛇の子種を下ろすというもので、話の結末で節供の由来を説く例が多い。この系統の話は『古事記』をはじめ「風土記(ふどき)」や『流布本平家物語』などにみえ、記録のうえからも変遷をたどることが可能である。生まれてくる子供が越後(えちご)の五十嵐(いがらし)小文治や豊後(ぶんご)の緒方三郎のように、一族の始祖として活躍する英雄誕生に結び付いて説かれる話もあり、発生的にはこのほうが古い形を残していると考えられている。一方、水乞い型は、干魃(かんばつ)に悩む父親が、田に水を入れてくれた蛇に3人娘の1人を嫁にやる約束をする。末娘が針千本と瓢箪(ひょうたん)を持って蛇について行き、池に瓢箪と針を投げ入れて、蛇にそれを沈めれば嫁になるという。蛇は沈めようとするが体に針が刺さり死亡する。この話は、古くから水界を支配する蛇の信仰を色濃く残存している。また、少数だが、蛇を殺さず娘がそのまま蛇の嫁になる例が青森県や石川県から報告されている。水乞い型は、これとよく似た「猿婿入り」の昔話に影響を及ぼしているとみられる。
[野村純一]
…ところが,キリスト教の伝来と共に,人間を取る悪霊とされ,恐れられるようになった。日本の〈猿婿〉〈蛇婿入り〉では田に水を入れたお礼に娘が要求され,この話の前半部に相当するところで終わる。その後に配偶者探しがあるところがヨーロッパの類話の特徴であるが,娘を要求するのが動物である点,日本の方が古い形をとどめていると思われる。…
…【村下 重夫】
【民俗】
[日本]
針は裁縫道具であるだけでなく,呪具でもあった。三輪山伝説や蛇婿入り(へびむこいり)の昔話では,女のもとに訪れた男の正体を探るために男の衣服に糸をつけた針を刺してあとをつけるというモティーフが見られ,また猿婿入り(さるむこいり)の昔話では猿のもとに嫁ぐことになった末娘が瓢簞(ひようたん)と針で猿を退治する話になっている。針は布など別のものを縫い合わせて結びつけ,以前とは異なった新しいものを作り上げる機能をもつが,蛇婿入り譚では鍵穴や障子といういわばこの世と異界の境をこえて二つの世界を結びつけており,また,猿婿入り譚では川や橋というやはり顕幽の境をなす場所で金属の呪力をもつ針と霊魂の容器である瓢簞とで異類聟を退治している。…
※「蛇婿入り」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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