生物人類学(読み)せいぶつじんるいがく(英語表記)biological anthropology

日本大百科全書(ニッポニカ) 「生物人類学」の意味・わかりやすい解説

生物人類学
せいぶつじんるいがく
biological anthropology

文化人類学考古学、言語学などと並ぶ広義人類学の一分野で、人類の生物学的側面を研究し、とくにその起源、進化、多様性(変異)、適応などに注目する。自然人類学ともよばれる。おもな研究の対象は、現代人および遺跡から出土する古人骨や人類化石で、関心の対象は身体・骨格の特徴にとどまらず、対象からうかがえる人類の行動や社会にも及ぶ。切り離すことのできない関連分野としては、人類が含まれる霊長類を研究する霊長類学がある。霊長類学も生物人類学の一構成要素とみなすこともある。

[海部陽介・太田博樹 2023年8月18日]

歴史と特質

ダーウィン進化論が受け入れられるようになる19世紀後半以前から、西欧ではいわゆる「人種」として人間集団の分類を行う試みがあった。それをこの分野の萌芽(ほうが)とみることができるが、現代の生物人類学はそれとは様相が異なる。それはかつての試みが、人間集団間に優劣があることを自明の前提としながら分類の仕方を研究していたのに対し、現代の生物人類学はそのような立場を否定し、人類の多様性の実態と成因を、客観的・科学的に探ろうとしているところにある。現代の生物人類学の目的はそれにとどまらず、過去の人類についての究明、人類がたどってきた歴史(人類史)の復元、およびそれらを加味したうえでの私たち現代人とその社会についての理解と、多岐にわたる。

 生物人類学は、人間についての多角的な理解を目標とする人類学の一部であるゆえ、その目標へ向けて他の人類学諸分野との連携が欠かせない。同時に、生物人類学自体も、霊長類学、医学、歯学病理学、健康科学、栄養学、法人類学などの関連分野と協調していくことが有効で、人類史復元においては古環境学(気候地理海洋、動植物相など)や年代学との協同が欠かせないなど、単独では成り立たない部分がある。これは複雑で多面的な人間を理解しようとする人類学にとって、不可避の特質といえる。

[海部陽介・太田博樹 2023年8月18日]

おもな研究分野

現代の生物人類学に内包される諸分野には、たとえば以下のような分野がある。

 生物考古学(骨考古学)は、遺跡出土の古人骨を対象とし、過去の人々の健康、栄養状態、食生活、病気、寿命、成長、社会行動、けが、暴力の実態などを読み解こうとする。

 古人類学は、人類の骨や歯や足跡などの化石の形態を分析して、初期の猿人から新人(ホモ・サピエンス)に至る進化がどのように生じてきたかを解き明かそうとする。

 成長学は、現代人を対象とし、発育・発達のパターンやその変異を、集団の内部あるいは集団間で比較しながら探究する。

 遺伝人類学は、DNA(デオキシリボ核酸)から得られる遺伝情報を用いて過去の人々の系統、環境適応、集団構造、人口動態などの課題に取り組む。21世紀になってから、ゲノム解読の技術的進歩が目覚ましく、安価に迅速な全ゲノム解読が可能になった。とくに近年、古人骨を対象としたゲノム解析が飛躍的な進歩を遂げている。

 生態人類学は、現代人を対象とし、「自然との関係を最も重視し、したがって、人々の生活を環境の諸要素との緊密な相互関係の総体として把握する中で、社会、宗教、価値、意識、行動などといった人間存在のあらゆる側面を解き明かそう」としている(生態人類学会ホームページより)。

 生理人類学は、現代人を対象とし、「『環境適応能』『テクノ・アダプタビリティー』『生理的多型性』『全身的協関』『機能的潜在性』をキーワードとして、ヒトの生理特性について、時間軸と空間軸の視点をもちながら解明することを目的」としている(日本生理人類学会ホームページより)。

 人間行動進化学は、「人間の諸活動――行動や心理、さらには芸術や病理なども含む――を進化的な観点から、理論的・実証的に研究」しようとする(日本人間行動進化学会ホームページより)。

[海部陽介・太田博樹 2023年8月18日]

日本の学会組織

生物人類学に強く関連する国内の学会組織としては、2023年(令和5)時点で、日本人類学会、日本霊長類学会、日本生理人類学会、生態人類学会、日本人間行動進化学会がある(設立年順)。

[海部陽介・太田博樹 2023年8月18日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例