生物生産(読み)せいぶつせいさん(英語表記)biological production

改訂新版 世界大百科事典 「生物生産」の意味・わかりやすい解説

生物生産 (せいぶつせいさん)
biological production

生態学における用語で,生物が外界に存在する物質を材料として自己のからだを作り上げること,またはその過程をいう。生物生産は,一定地域内で,一定時間に生物により合成される有機物量,または合成された有機物として固定されたエネルギー量であり,生産力または生産速度で表される。生物生産は生物の生活にとって最も基本的な機能の一つであり,生態系における物質循環の駆動力となっている。独立栄養生物の行う一次生産と従属栄養生物の行う二次生産とに区別される。

クロロフィルによって太陽エネルギーを吸収して光合成により無機物から有機物を合成する緑色植物高等植物およびラン藻を含む藻類)の生産が主である。厳密にはこのほか,バクテリオクロロフィルをもつ光合成細菌と無機物の酸化エネルギーによって有機物合成を行う化学合成無機栄養細菌が含まれるが,これらの生物が優占する環境は現在の地球では限定されている。生態系において,一次生産がエネルギーの流れと物質循環の出発点であるためこれらの生物を単に〈生産者〉とも呼ぶ。緑色植物による一次生産では,

による反応で炭水化物を合成し,さらに無機塩類(窒素,リン,カリウムなど)を加えてタンパク質や核酸(DNA,RNA),脂質などさまざまな生物の生活に必要な物質を合成する。一次生産には,合成された有機物の総量で表される総生産Pgと総生産から呼吸による消費量Rを差し引いた純生産PnPgRとが区別される。生態系における消費者である人間や動物が利用できるのは純生産の部分である。生産力(生産速度)は純生産/面積・時間として表すことができる。ある植物群落を考える場合,純生産から枯死量D,脱落量Lfおよび被食量Pを差し引いたものが成長量GPnDLfPとなる。一次生産の測定は,(1)現存量の時間的変化から求める方法,(2)光合成・呼吸などの生産諸過程から求める方法,(3)生産が環境におよぼす作用(酸素,二酸化炭素などの濃度変化,水素イオン濃度pHの変化)などから推定する方法,などが知られている。一次生産には光,水,二酸化炭素,栄養塩類などが必要であるが,陸上植物の生産に最も強く影響をおよぼす環境要因は水分と温度であり,栄養塩類と群落の発達状況(遷移の段階)がこれに次ぐとされている。最も生産力の高いとされている熱帯多雨林では年間1m2当り約1000~3500gの純生産があるのに対し,寒冷地や乾燥地ではいちじるしく低下する。これに対し,海洋では栄養塩類が最も制限的に働いている。貧栄養的な外洋では200~400g/m2・年程度であり,地域差は比較的少ない。

 地球上の全一次生産量の推定は1862年のJ.vonリービヒ以来,多くの研究者が行っているが,その推定値は600億~3600億t/年とかなりの幅がある。世界約60ヵ国の研究者が参加して1965年からはじめられた国際生物学事業計画(IBP)は地球上の食料生産の基礎を明らかにしようとしたもので,生物生産の研究が大きくとり上げられた。この研究の結果を背景に,ホイッタカーR.H.WhittakerとライケンズG.E.Likensが73年にまとめた推定値が現在最も広く引用されている(表)。

 これによると現在地球上で年々新しく作られる有機物量は純生産で約1700億t/年であり,このうち2/3は陸上で,1/3は海洋で生産されている。また面積では地球上の約11%を占めるにすぎない森林の生物生産が全生産の47%を占め,生物の現存量では92%にも達していることは注目に値する。とくに生産力の高い熱帯多雨林が急速に伐採されている現状では,一次生産量が大幅に変動する可能性もある。

一次生産者の合成した有機物を直接または間接に摂取し,これを消費して自己のからだを作り上げることで,主として動物の生産に用いられる。分解者と呼ばれる従属栄養微生物の生活も同じ機能である。二次生産は通常,摂食から出発する。摂食された植物体または動物体の一部は消化・吸収されるが,残りは不消化のまま消化管を通過し体外に排出される。すなわち,摂食量Cから不消化排出量Fを差し引いたものが同化量ACFであり,一次生産の総生産量Pgに相当する。また同化量から呼吸量Rと代謝産物排出量Uを差し引いたものが純生産量PnARUであり,そこから脱落量Lf,再生産物質量Rp,被食量P,死滅量Dを差し引けば成長量GPnLfRpPDが求められる。動物個体群ではこのほか,系からの移出量Emと系への移入量Imを考慮しなくてはならない場合がある。個体群レベルの二次生産の測定は,(1)現存量の変化の過程から推定する方法,(2)同時出生集団とみなしての生残曲線を用いる方法,(3)水産の分野で用いられるアレン曲線による図形的推定法などが知られている。しかし,自然の生態系における二次生産の研究では,動物や微生物の個体密度や現存量の測定自体がむずかしく,さらに種によって世代時間,成長速度,死亡率などがひじょうに異なるため植物の一次生産の測定に較べはるかに困難である。先述のIBP研究では,この困難さにもかかわらず莫大な労力を注ぎこみさまざまなタイプの生態系で主要な動物群での生物生産が明らかにされた。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「生物生産」の意味・わかりやすい解説

生物生産
せいぶつせいさん

生物が成長したり、繁殖したりする過程をエネルギーの流れと物質循環の観点から理解するために用いられる用語。すなわち、これらの過程を有機物の合成あるいは同化の過程に還元し、エネルギーあるいは物質の収支の過程として量的にとらえようとするときに用いる語である。1931年にドイツの陸水生物学者ティーネマンがこの概念を生物学に導入した。類語に生産性、生産力がある。生物生産の研究はティーネマン以後およそ三つの方向から追究されてきた。第一の方向は、アメリカのリンデマンR. L. Lindemannに始まる生態系のエネルギーの流れと物質循環の研究(1942)である。第二は、デンマークの生態学者ボイセン・イェンセンを中心とする植物群集の生産構造に関する研究。そして第三は種個体群の生産機構に関する研究である。これらの研究は1965年から1972年にかけて、「人類の福祉と生産力の生物学的基礎を明らかにする」ことを目標とする「国際生物学事業計画(IBP)」とよばれる国際協力研究へと発展した。

[牧 岩男]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「生物生産」の意味・わかりやすい解説

生物生産
せいぶつせいさん
biological production

広義には,生物が同化により有機物を増量させて自己の体量を増し,あるいは子生物を生じることはすべて生物生産といえる。しかし一般的には,緑色植物その他の光合成などによる有機物生産を一括して生物生産という。一定面積,一定時間を限ってみれば,その生産量を測定できる。これを総生産量という。これに対し,同一の環境内で生物が呼吸により消費する分の量をはかって,これを差引けば純生産量が出る。

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