生物が正常な生活を営むのに必要な塩類といった栄養分とか栄養素の意味で用いられることもあるが,栄養塩とか栄養塩類という語は一般に海洋学や陸水学の分野で用いられ,植物プランクトンや海藻などの藻類の増殖を助長する物質をいう。藻類の要求する元素は陸上植物のそれと基本的には変わらず,水素,炭素,窒素,酸素,リン,硫黄,カリウム,カルシウム,マグネシウム,鉄,マンガン,銅,亜鉛,モリブデン,塩素およびケイ藻の殻の成分であるケイ素などである。これらのうち生活の場である海水などに欠乏しやすいものは,硝酸塩,亜硝酸塩,アンモニウム塩などの窒素化合物やリン酸塩,ケイ酸塩などであり,土の肥料分に相当する。
海における栄養塩類の量は場所,季節などによっても異なる。表層水中の含量は寒海に多く,暖海に少ない。同じ場所では深層に多く,表層に少ない。季節的には冬に多く,夏に少ない。また,沿岸部では流入する河川水によって補給されるために沖合に比べて多い。四季のはっきりしている中緯度の外洋域の場合,冬には表層水が冷やされて沈降し,深層水との間で鉛直混合が盛んになって表層の栄養塩も増える。しかし,日射量が不十分なので植物プランクトンの増殖は抑えられている。春先になって日射量が増すと,植物プランクトンの爆発的な増殖が起きて栄養塩を急激に消費する。しかも表層水は暖められ上下の密度差が増して鉛直混合が妨げられるので,深層からの補給も少なくなって表層の栄養塩は著しく減ってしまう。この栄養塩の欠乏ならびに動物プランクトンの摂餌によって,植物プランクトンの春の大増殖は終わる。摂餌されたものは小型生物特有の速い代謝により排泄されて,再び栄養塩として利用されたりもする。夏には表層水が暖まり密度躍層が発達して鉛直混合がなく,表層の栄養塩は少ない。秋には表層水の冷え込みに伴い上下の密度差が小さくなって密度躍層が崩れ,鉛直混合が盛んになって春先と同様な植物プランクトンの増殖が見られる。低緯度の暖海では周年夏の状態であり,高緯度の寒海では夏の欠けた状態に相当する。
深層水には,元来蓄積されていたものに加えて,ふん,遺骸の沈降や動物プランクトンの日周垂直移動などに伴って表層からもたらされた有機物などが,バクテリアに分解されて無機の栄養塩として蓄積される。1960年代に世界一の漁獲量を誇ったペルーのアンチョベタ(カタクチイワシの一種)漁業は,継続的な湧昇によって深層から表層へ長期にわたって供給された豊富な栄養塩に支えられていた。このように湧昇流などによって局地的に栄養塩に富む場所がある。内湾などでは,陸地や底質(底層水)などから供給されて富栄養から過栄養になることもあり,これがケイ藻や鞭毛藻などによる赤潮の一因ともなる。
執筆者:二村 義八朗
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海水中に溶存するリン酸塩、硝酸塩、亜硝酸塩、アンモニウム塩、ケイ酸塩などの塩類を総称していう名称。栄養塩ともいう。植物プランクトンや海藻類が増殖するための栄養源として利用するのでこの名がある。海面近くの光の届く層では、植物プランクトンが太陽光と炭酸物質や栄養塩を利用して、光合成作用によって増殖する。これが海洋の食物生産機構の基礎をなしている。
栄養塩類の濃度分布は、空間的にも季節的にも変動が大きい。一般に表層では、生物によって摂取されるため濃度が低い。極端に濃度が低い場合には、リンまたは窒素が不足して生物増殖の制限因子となることがある。栄養塩濃度は深さとともに急増し、ある深さで極大となる。これは、海洋生物の遺骸(いがい)が沈降しながら分解し、ふたたび栄養塩を海水中に溶出させる再生作用のためである。表層の地理的分布では、濃度は高緯度の冷水域で高く、低・中緯度の暖水域で低い。季節的には夏季に低く、冬季に高い。これは、春季のプランクトンの大増殖による栄養塩の消費と、冬季の海水の鉛直混合による深層から表層への栄養塩の補給によるものと考えられている。このように栄養塩の濃度や分布のパターンを決定する要因には、海洋中の生物作用と海水の混合過程が関与している。
[秋山 勉]
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…例えば,イネではケイ素Siが多量に取り込まれるが,この場合はSiがイネの生育に有効な働きをしていると考えられている。 C,H,Oの3元素は,主として水H2Oおよび空気中の二酸化炭素CO2と酸素O2から取られるが,それ以外の元素は土壌中の塩から取られるので,それらを栄養塩類と呼ぶ。栄養塩類は,水生植物では体表面から,陸上植物では根から取り込まれる。…
※「栄養塩類」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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