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田子ノ浦 たごノうら

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

田子ノ浦
たごノうら

静岡県東部,富士市南部の田子ノ浦港付近一帯の海浜。北に富士,南に駿河湾をのぞみ古くから景勝地として有名。山部赤人によって「田児の浦ゆうち出でて見れば…」と詠まれた当時の田子ノ浦は富士川西の薩 埵 (さった) 峠あたりまでかなり広い範囲を含んでいたとされる。

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デジタル大辞泉の解説

たご‐の‐うら【田子ノ浦】

静岡県富士市南部の海岸。古くは富士川河口以西をさした。富士山眺望の名所や白砂青松(はくしゃせいしょう)の地として知られる。[歌枕]
「―ゆうち出でて見ればま白にそ富士の高嶺に雪は降りける」〈・三一八〉

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百科事典マイペディアの解説

田子ノ浦【たごのうら】

静岡県富士市の駿河湾岸。富士山を望む景勝地で,《万葉集》の田児浦とする山部赤人の歌で有名。東海道の名勝として知られるため,《更級日記》《海道記》などの紀行文にも登場している。
→関連項目富士[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

たごのうら【田子ノ浦】

静岡県東部の駿河湾に面する海岸。古来,富士山の展望にすぐれる地として有名。富士川河口右岸の吹上(ふきあげ)ノ浜から東の潤井(うるい)川河口付近を指す。ここから東方の狩野(かの)川河口まで海岸砂丘の田子ノ浦砂丘がつづいている。潤井川と沼川の合流地点の旧吉原湊には,掘込み式の田子ノ浦港(1962年完成の重要港湾)が建設され,岳南工業地域の玄関となっているが,1960年代後半には後背地の製紙工場からの廃液による〈へどろ〉が堆積し,社会問題化した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

田子ノ浦
たごのうら

静岡県東部、駿河(するが)湾奥部、富士市南部、田子浦港一帯の海岸をさし、静岡市清水区蒲原(かんばら)地区の吹上の浜から富士川河口を経て、富士市沼川河口あたりまでを含める。現在は「田子の浦」の表記が多い。富士山の眺望と白砂青松の海岸は景勝地として知られ、『万葉集』巻3に収める山部赤人(やまべのあかひと)の歌など、古来多くの歌に詠まれた。砂丘も発達している。沼川と潤井(うるい)川が合流して駿河湾に流出する地点は、中・近世吉原湊(よしわらみなと)として発達した。1958年(昭和33)掘込み式港湾田子の浦港建設に着工し、1970年完成したが、周辺に各種の工場が建ち並び景観は一変した。重要港湾に指定されている。[北川光雄]

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世界大百科事典内の田子ノ浦の言及

【紙・パルプ工業】より

…また,紙・パルプ工業は原料輸送と用水の面で集中立地する傾向があり,静岡県富士市地区,愛媛県伊予三島・川之江地区などではこれにより被害はいっそう深刻となり,70年前後には一大社会問題となった。とくに富士市では,県の行政指導が廃水処理を各工場に要求しないというものであったため,月量200万tの各種廃水が無処理で田子ノ浦港に流入し,日量3000tのへどろが港内に沈積した。このため,68年から港内の浚渫(しゆんせつ)が行われへどろの沖合投棄が行われたが,駿河湾特産のサクラエビをはじめとする沿岸漁業の被害が大きく,漁民の抗議で70年4月から浚渫は中止された。…

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