コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

甲午の改革 こうごのかいかく Kabo kyǒngjang; Kabo hyǒksin; Kabo Kaehyǒk

2件 の用語解説(甲午の改革の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

甲午の改革
こうごのかいかく
Kabo kyǒngjang; Kabo hyǒksin; Kabo Kaehyǒk

高宗 31 (1894) 年,朝鮮において日本軍占領下に開化派が断行した改革。甲午農民戦争を契機に出兵していた日本は,戦争後も朝鮮側の撤兵要求,清国の共同撤兵案にもかかわらず,朝鮮の「内政改革」を口実に撤兵を拒絶。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

甲午の改革
こうごのかいかく

朝鮮、李朝(りちょう)末期、1894年7月から96年2月の間に行われたブルジョア的改革。甲午農民戦争鎮圧を名目にして出兵した日本は94年7月、朝鮮政府に対し内政改革を要求し、これがいれられぬと、王宮を占領して金弘集(きんこうしゅう)を首班とする開化派政権を樹立した。同政権は軍国機務処を設置して改革案を審議決定し、宮内府と議政府との分離などの行政機構の抜本的改革、科挙廃止による官吏任用法改革、財政機構の一元化と租税の金納化、幣制改革、封建的身分制の廃止などが急速に実施された。ついで10月、井上馨(かおる)日本公使が赴任すると、政府各部に日本人顧問官が配置され、朴泳孝(ぼくえいこう/パクヨンヒョ)が政府の実権を握るようになり、日本からの借款を財源に第二段の改革が進み、内閣制度の整備、裁判所創設などの司法制度改革、警察の整備、八道を23府に変える地方制度改革などが行われた。
 三国干渉後、宮廷内に反日勢力が増大し、95年7月に朴泳孝が追放されると、改革は停頓(ていとん)した。10月の閔妃(びんひ)虐殺事件(乙未(いつみ)事変)後、第四次金弘集政権下で小学校設立、郵便網整備、軍制改革などが実施されたが、同政権は96年2月の政変により倒れ、改革も終わりを告げた。甲午の改革は上からの急激な改革であるとともに、対日従属下に実施されたために、その開明的、近代的内容が社会へ定着するには多くの困難を伴った。[糟谷憲一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

甲午の改革の関連キーワード五臭延白平野外国人登録者数牛丸友佐大石荒河介土師甥閔元植横田滋朝鮮会社令ハルバート

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone