白子町
しらこまち
面積:二七・四六平方キロ
茂原市の東に位置し、東部は太平洋に臨む。北は山武郡大網白里町、南は長生村と接する。町域すべて九十九里浜平野で、南白亀川が北部から入って東に流れ、海に注ぐ。海岸線沿いに九十九里有料道路(波乗り道路)が通る。中世は一宮庄南白亀郷に属したとされ、白子神社は惣鎮守であったという。戦国期土気城(現千葉市緑区)城主酒井定隆の勢力下に置かれ、領内の寺院は顕本法華宗に改宗させられた。
白子町
しろこまち
[現在地名]西区土佐堀一丁目
玉水町の西にあり、北は土佐堀川に面する片側町。町名は明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図にみえる。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)の三郷水帳寄帳では屋敷数一一・役数一一役で、うち年寄分一役が無役。年寄は塩飽屋久左衛門。肥前蓮池藩・出雲松江藩の蔵屋敷があった(享和二年「大坂袖鑑」)。松江藩蔵屋敷は南側の白子裏町にかけての町域東半分を占めたが、敷地内には疱瘡神として名高い笠稲荷(鷺大明神ともいう)があって庶民の信仰を集め、毎年六月一四日・一五日の両日には出雲御屋敷祭と称して商人が奉納の生花や造花を飾り、仲仕中が「かぶき狂言」を催すなどして浪花年中行事の一つになっていたという(西区史)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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