矢野龍渓(読み)やのりゅうけい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

矢野龍渓
やのりゅうけい

[生]嘉永3(1850).12.1. 豊後
[没]1931.6.18. 東京
政治家,ジャーナリスト,小説家。本名文雄。慶應義塾卒業。 1876年『郵便報知新聞』の副主筆として民権論を唱えた。 1878年大蔵省に入ったが,1882年大隈重信の立憲改進党結成に参加,『郵便報知新聞』を買収して同党の機関紙とした。また 1884~86年には欧米の新聞事情を視察して,『郵便報知新聞』の大衆紙への脱皮をはかった。 1890年宮内省式部官,1897年清国駐在公使を経て,1906年『大阪毎日新聞』相談役,監査役となり,1924~27年副社長。小説として『経国美談』 (1883) ,『浮城物語』 (1890) がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

矢野龍渓
やのりゅうけい
(1850―1931)

政治家、小説家、新聞記者。豊後(ぶんご)国(大分県)生まれ。本名文雄。佐伯(さいき)藩士の出。1870年(明治3)一家上京、翌1871年慶応義塾に学ぶ。1876年『郵便報知新聞』入社、1878年、大蔵卿(きょう)であった大隈重信(おおくましげのぶ)と、福沢諭吉の推薦で官界に入り大蔵省少書記官。のち1881年、統計院幹事、太政官(だじょうかん)大書記官であったが、明治十四年の政変で下野した大隈重信に殉じて職を辞し、『郵便報知』に帰社した。同社社長に就任後、1883~1884年『斉武名士経国美談』前後編を刊行。古代ギリシア史に題材を求めたこの歴史小説は、興趣豊かな物語性をもち、同時に政治的寓意(ぐうい)も込められていて広く読者に歓迎された。1890年『報知異聞』(のち『浮城(うきしろ)物語』と改題)発表、国権小説として反響をよんだ。その後、清(しん)国公使、大阪毎日新聞社副社長などを歴任した。[岡 保生]
『『明治文学全集15 矢野龍渓集』(1970・筑摩書房)』

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