石代納(読み)コクダイノウ

百科事典マイペディアの解説

石代納【こくだいのう】

江戸時代,年貢(ねんぐ)を金・銀・銭で納入すること。土地の生産力を石高(こくだか)に換算して租率を掛けて米で納めさせるのが原則であったため(石高制),主に畑方の年貢の場合に用いられた。関東の幕府領では田方はすべて米で上納し,畑方は年貢高2石(こく)5斗(と)を永(えい)1貫文(かんもん)として計算して金納か銭納とされているが,諸藩ではそれぞれの仕法を採っていた。ほかに幕府領のなかで,別子(べっし)銅山をかかえる伊予(いよ)国,生野(いくの)銀山の但馬(たじま)国などではすべて石代納とされた。また米の品位が良くない場合,収穫米が不足した場合,輸送に不都合な場合などにも石代納が認められた地域もある。明治新政府は当初田方の年貢を米納,畑方を石代納と定めていたが,1871年には田方の石代納も認め,翌年にはすべて石代納とし,1873年の地租改正により石代納は消滅した。
→関連項目信達騒動南山御蔵入騒動

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世界大百科事典 第2版の解説

こくだいのう【石代納】

江戸時代に年貢を貨幣で納入すること。石高制の下では,年貢は原則として米穀の高によって賦課されるが,種々の理由により一部もしくは全部を米に代え金,銀,銭で納めることを石代納と称した。石代納には大別して2種類ある。(1)主として畑方の年貢を貨幣で代納する場合で,普遍的に見られる。(2)田畑のいかんにかかわらず年貢全額を貨幣で代納する場合で,(1)に比べて特殊なケースといえよう。 (1)は,土地の生産力をおしなべて石高に換算し,それに一定の租率を掛けたものを米納させる石高制の原則の下では,米の収穫のない畑方の年貢納入法として必然的に採用された仕法である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石代納
こくだいのう

江戸時代、年貢を米で納めるかわりに貨幣で納めること。石代納には、畿内(きない)を中心とした地域で実施された三分一銀納(さんぶいちぎんのう)、五分一銀納、十分一大豆(だいず)銀納、大和(やまと)(奈良県)の幕領の皆(かい)金納、関東の畑永納(はたえいのう)、甲州(山梨県)の大小切(だいしょうぎり)、陸奥(むつ)の半石半永などがある。また、石代値段の違いにより定(じょう)石代、安(やす)石代、願(ねがい)石代などがある。石代納されるのは畑租にあたる部分が多いが、年貢米輸送の困難な地方や田地の少ない山間地域などでは田畑ともに石代納された。中世において遠隔地荘園(しょうえん)の年貢代銭納が展開し、戦国期には貫高(かんだか)制のもとで貨幣納がみられた地域もあったが、太閤(たいこう)検地による石高制のもとでは米納年貢が基本となった。だが、1603年(慶長8)、幕府は大久保長安(ながやす)を通じて信州松代(まつしろ)藩内に、麻、雑穀など、その地の生産物納や貨幣での石代納を指示した。近江(おうみ)(滋賀県)や摂津(せっつ)(大阪府・兵庫県)、和泉(いずみ)(大阪府)の幕領では、慶長(けいちょう)(1596~1615)末年から元和(げんな)期(1615~24)に五分一銀納が実施され、関東の平場(ひらば)農村においても、慶長・元和期から畑方石代納が実施された。関東では寛永(かんえい)10年(1633)ごろまで永(えい)1貫文(金1両)=5石替(かえ)で石代納されていたが、その後、永1貫文=2石5斗替となり、貞享(じょうきょう)・元禄(げんろく)(1684~1704)のころより1石2斗5升替となった。関東で畑永納が実施されると、石高を基準とした厘取(りんどり)法から、反別を基準とした反取(たんどり)法へと徴租法の転換がみられ、関東では寛文(かんぶん)・延宝(えんぽう)期(1661~81)以降、反取法が一般化した。そこでは、畑租は反当り永何文という方法で徴収された。[川鍋定男]

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世界大百科事典内の石代納の言及

【張紙値段】より

…この相場は江戸市中の米価に準拠しているが,財政・米価・旗本救済などの諸点をも考慮して決定された。年貢石代納(こくだいのう)の換算値段は,一般に近在の米市場の相場を基準にするが,関東と甲州の一部の幕領では,張紙値段に一定の増値段を加えて使用している。【大口 勇次郎】。…

※「石代納」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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