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石川豊信 いしかわとよのぶ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石川豊信
いしかわとよのぶ

[生]正徳1(1711)
[没]天明5(1785).5.25. 江戸
江戸時代中期の浮世絵師。西村重長の門人で一時は西村重信と称した。号は咀篠堂,秀葩。作品は初め細判の漆絵が多く,のち紅摺絵を制作。特に紅摺絵の美人画にすぐれる。その子雅望 (まさもち) は宿屋飯盛と称し狂歌師として有名。主要作品『花下美人図』。

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デジタル大辞泉の解説

いしかわ‐とよのぶ〔いしかは‐〕【石川豊信】

[1711~1785]江戸中期の浮世絵師。江戸の人。俗称、孫三郎あるいは七兵衛西村重長に師事し、漆絵紅摺(べにず)り絵にすぐれ、ふくよかな顔だちや、しなやかな姿態の美人画に独自の画風を示した。

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百科事典マイペディアの解説

石川豊信【いしかわとよのぶ】

江戸中期の浮世絵師。俗称孫三郎。号は秀葩。西村重長に学び,一時西村重信と称したというが定かでない。漆絵紅摺(べにずり)絵時代に活躍,柱絵・竪絵(たてえ)などの縦長画面に情感豊かな美人の立姿を描いた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石川豊信 いしかわ-とよのぶ

1711-1785 江戸時代中期の浮世絵師。
正徳(しょうとく)元年生まれ。石川雅望(まさもち)の父。江戸小伝馬町の宿屋糠(ぬか)屋の養子となり,代々の七兵衛を名のる。西村重長にまなび,延享-宝暦のころ活躍。紅絵や紅摺(べにずり)絵の技法により,美人画や「あぶな絵」を多作した。天明5年5月25日死去。75歳。江戸出身。号は咀篠堂(そしょうどう),秀葩(しゅうは)。代表作に「花下美人図」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

石川豊信

没年:天明5.5.25(1785.7.1)
生年:正徳1(1711)
江戸中期の浮世絵師。姓は石川氏,俗称は糠屋七兵衛。江戸小伝馬町3丁目の旅籠屋糠屋の婿養子。狂歌師石川雅望(宿屋飯盛)の父。咀篠堂,秀葩とも号した。『浮世絵類考』は西村重長の門人と伝える。作画期は寛保(1741~44)から安永(1772~81)にわたるが,紅摺絵が主流となる寛延~宝暦期(1748~64)に作風の完成をみる。代表作に「花下美人」(紅絵),「尾上菊五郎と中村喜代三郎の鳥追」(紅摺絵),『絵本江戸紫』(墨摺絵本,1765刊)など。豊信作品の柔和な丸顔と豊満な肉体を持った美人画風は,紅摺絵特有の温雅な色調に適しており,紅摺絵期の代表的絵師のひとり。

(大久保純一)

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世界大百科事典 第2版の解説

いしかわとよのぶ【石川豊信】

1711‐85(正徳1‐天明5)
江戸中期の浮世絵師。江戸小伝馬町の宿屋糠屋(ぬかや)の養子となり,七兵衛を襲名。秀葩,篠堂と号す。西村重長の門人と伝え,初名を西村孫三郎重信とする説もあるが,確かではない。寛保~宝暦(1741‐64)のころを主たる活躍期として,紅絵や紅摺絵の美人風俗画に人気を得た。柱絵や幅広柱絵など縦長の画面形式を得意とし,裸体・半裸体の美人画,通称〈あぶな絵〉を多く描いた。代表作に《花下美人図》(リッカー美術館)がある。

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大辞林 第三版の解説

いしかわとよのぶ【石川豊信】

1711~1785) 江戸中期の浮世絵師。江戸の人。石川雅望まさもちの父。紅絵・紅摺り絵に活躍し、鈴木春信にも影響を与えた。代表作「花下美人」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石川豊信
いしかわとよのぶ
(1711―1785)

江戸中期の浮世絵師。紅摺絵(べにずりえ)期を代表する美人画家。小伝馬町三丁目の旅人宿糠屋(ぬかや)の養子となり、その家代々の俗称である七兵衛を名のる。号に篠堂(たんしょうどう)、秀葩(しゅうは)がある。西村重長(しげなが)門人と伝えられ、1740年(元文5)ごろより作画を開始、豊潤にして清雅(せいが)温厚な画風で一時代を築き上げ、次代の鈴木春信(はるのぶ)らにも影響を与える。とくに幅広柱絵(はばひろはしらえ)の筆彩作品(紅絵(べにえ))、紅と草色のみで版彩色した大判紅摺絵に優れ、彼の非凡な色彩感覚を物語っている。代表作は『花下美人図』『常磐津(ときわず)本を持つ娘』『瀬川吉次(きちじ)の石橋(しゃっきょう)』『市川海老蔵(えびぞう)の鳴神上人(なるかみしょうにん)と尾上(おのえ)菊五郎の雲の絶間姫(たえまひめ)』など。墓所は浅草蔵前の正覚寺(通称榧寺(かやでら))にあり、狂歌師石川雅望(まさもち)は末子である。なお西村重信は豊信の前名という説があるが、未詳。[浅野秀剛]

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世界大百科事典内の石川豊信の言及

【浮世絵】より

…この派の流れは孫弟子の勝川春章,さらには春章の弟子の葛飾北斎へと受けつがれ,宮川・勝川・葛飾派という浮世絵肉筆画の主流を形成することになる。紅摺絵期の宝暦年間は,美人画の石川豊信,役者絵の鳥居清満(1735‐85)が全盛で,俳趣の濃い詩的な風俗表現が好まれた。京都の風俗画家西川祐信の作風が慕われ,その影響が明らかに認められるようになるのも,このころからである。…

※「石川豊信」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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