透漆(すきうるし)に顔料を混じて描いた絵。中国ではきわめて古くから行われた手法で,河南省洛陽県金村,湖南省長沙などの古墓から出土した戦国時代の漆器に見られ,技術は漢代に頂点をなした。朝鮮楽浪郡遺跡,馬王堆漢墓出土の漆器がその代表例で,精緻な漆絵が器全体に描かれることが多い。おおかたは朱線だが黄,緑,青などがまれに見られる。中国におけるその後の遺品をたどることは困難だが,14世紀以降,漆器は漆絵よりも彩漆(いろうるし)による屈輪(ぐり),塡漆(てんしつ),存星(ぞんせい),紅花緑葉などの技法が多く用いられたようである。17世紀になると民間で漆絵器がかなり流行し,18世紀には漆絵と鎗金(そうきん)を併用した存星がつくられた。朝鮮半島でも慶州金冠塚などから新羅時代の漆絵の遺物が発見されているが,その後,見るべきものは少ない。
日本における最古の例は,縄文前期とされる福井県鳥浜貝塚出土の漆器断片で,乱線や抽象文を赤い漆で描いている。縄文晩期になると,おもに赤い漆で渦巻文,巴文などが計画的に配置される。絵画としての漆絵の最古のものは,法隆寺蔵の《玉虫厨子》とされる。壁面の絵は漆絵か密陀絵か異論があるが,筆致は漆線に似るといわれる。朱,緑,黄,青,墨などを駆使し,朱以外は粗い粒子が目だつ。緑,青は漆では出しにくいが,中国漢代の漆器にその類例がある。奈良時代の遺例は今のところ明らかでないが,《延喜式》は漆絵花盤16口をあげ,わずかでも技法が伝わったことを知る。しかし当時朱塗器はたいへん貴重で,普及の程度は不明である。12世紀ころからしだいに朱漆も一般化し,唐木を模した紫檀塗や名古屋市七寺(ななつでら)蔵の安元1年(1175)銘の経箱中蓋の仏画がのこされる。13世紀以降,漆絵器が急速に大衆化する。これは鎌倉市内や広島県の草戸千軒町遺跡,福井県の朝倉一乗谷遺跡など,各地から出土する膨大な漆椀などで知られる。多くは粗放な絵だが,とくに〈ハンコ絵〉が各地で見いだされる点が注目される。しかし量産を目的とし,凸凹面に鮮やかに印画するこの技法は,後世まで伝えられていない。また中世までの漆絵は朱やべんがら一色だが,近世になると色彩豊かな明製の漆器や流行し始めた密陀絵の影響で,彩漆の漆絵が創作される。一方,中世からの漆絵椀の伝統は新たに勃興した漆器産地に受け継がれ,滋賀の南部椀,会津椀,吉野椀,滋賀の日野椀や朽木盆,山口の大内椀など,特徴ある食器類が生産された。明治時代には柴田是真などが漆絵を芸術的に高めた。近代以降,漆絵に用いる彩漆は,一般には酸化チタンを染料で染めたレーキ顔料が用いられる。朱,べんがら,石黄などの顔料も用いるが,日本画顔料の緑青,群青などは発色しない。
→漆工芸
執筆者:中里 寿克
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漆に絵の具を混ぜた色漆で描いた絵のこと。おもに工芸品の装飾に用いられている。漆の特殊な性質上、どんな顔料でも自由な色が出せるというわけにはいかず、発色に限度があって、古くから黒、朱、黄、緑、茶褐色に限られていた。遺品としては、中国・湖南省長沙(ちょうさ)や河南省信陽から出土した戦国時代の工芸品に色漆で動物文や雲気文を描いたものや、朝鮮・楽浪(らくろう)出土品の人物画像彩篋(さいきょう)などがあり、漢代に漆絵の盛行をみたらしい。日本ではこうした中国・漢代の伝統を受け継ぎ、法隆寺の玉虫厨子(ずし)はわが国最古の漆絵の遺品である。わが国では平安・鎌倉両時代を通じても残るものはきわめて少なく、金・銀を用いた蒔絵(まきえ)のほうをより好んだとみられる。しかし桃山時代になって漆工芸が盛んになると、意匠や技法のうえにも新趣向を取り入れ、漆絵も盆、食器、膳(ぜん)など日用品に盛んに施され、愛用されるようになった。
[永井信一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
漆塗の板に絵や文様を色漆で描いた絵およびその技法。中国では漢代の棺や漆器にみられ,朝鮮の楽浪遺跡群などからも精巧なものが出土している。日本では飛鳥時代の玉虫厨子(たまむしのずし)が漆絵と密陀絵(みつだえ)を混用した作品。近世に入って食器などの漆器に描く華やかな漆絵が発達した。秀衡椀(ひでひらわん)・浄法寺椀・会津塗などの地方的漆絵もうまれた。また浮世絵版画のうち,墨に膠(にかわ)をまぜて漆絵のような光沢を出したものも漆絵という。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…丹絵は元禄から享保(1716‐36)初年にかけて行われた。
[紅絵,漆絵]
享保初年は丹に代わって主調色を紅とした〈紅絵(べにえ)〉が生まれ,寛保年間(1741‐44)まで盛行した。紅は紅花の花弁から作られた鮮紅色の絵具で,澄明感のある優しい色合を特色とする。…
…器物に漆を塗り,その上に蒔絵や漆絵などの加飾をほどこした工芸。漆器は日本,中国,朝鮮,台湾,タイなどで産出し,その国の風土に適した技法が発達した。…
…弘化年間(1844‐48)に青海波塗を復活させ,青銅塗,石目塗などの新しい漆塗法を工夫している。明治初年には和紙に彩漆(いろうるし)で絵を描く漆絵を試み,油絵のような効果を生みだした。彼の漆器制作はすぐれた画技によって下絵から仕上げまで自ら行う独自のもので,奇抜な趣向の器形と意匠がよくあっている。…
…統一新羅時代には官営工廠である漆典が設置され,漆器の製造が盛んになった。作例は慶州雁鴨池(がんおうち)出土の多量の漆器断片で,なかでも珍しいのは黒漆地に朱と黄2色の色漆で文様を描いた漆絵断片と,朝鮮では初めての出土例である黒漆平脱(へいだつ)文の断片である。黒漆平脱(平文(ひようもん))の出土は唐代漆芸の新たな受容を端的に示すものである。…
…日本における古代の遺例は法隆寺釈迦三尊台座(623)や《玉虫厨子》である。両者の絵は密陀絵か漆絵か議論があるが,朱黄緑色の筆致には粘りがあるという。朱を除き,これらの色は当時漆で発色させるのは不可能と思われる。…
※「漆絵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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