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社会人野球 しゃかいじんやきゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

社会人野球
しゃかいじんやきゅう

企業やクラブなどに所属する社会人チームによる野球総称日本野球連盟が中心となって統轄し,毎年都市対抗野球大会社会人野球日本選手権大会を行なっている。日本において社会人野球が盛んになったのは第1次世界大戦後のことで,企業チームが各地に続々誕生し,試合も活発に行なわれるようになり,1927年には東京日日新聞社 (現毎日新聞社) 主催の第1回都市対抗野球大会が始まった。第2次世界大戦後,日本野球連盟の前身である日本社会人野球協会が 1949年に結成され,同時に全米野球会議 (NBC) に加盟。 NBCの呼びかけで行なわれた第3回グローバル・ワールド・シリーズでは熊谷組主体の日本代表チームが優勝した。

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知恵蔵の解説

社会人野球

会社登録チームとクラブ登録チームで構成。かつては夏の都市対抗野球を最大行事に活動していたが、企業色を強めた結果、経営業績の影響をかぶることになり、老舗企業チームの休部が相次ぐ一方で、クラブチームの加盟は増えている。タレントの不祥事で話題になった茨城ゴールデンゴールズなどクラブチームは268。一方の企業チームは84。2002年から国際化の影響もあって、金属バットから木製バットに戻した。指名打者制。05年の都市対抗では、延長12回を超えて決着がつかない場合、1死満塁から攻撃を開始するタイブレーク方式(ソフトボールのルールの借用)が初めて適用された。

(武田薫 スポーツライター / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

百科事典マイペディアの解説

社会人野球【しゃかいじんやきゅう】

社会人の行う野球の総称。社会人の野球には,硬式野球・軟式野球・準硬式野球がある。それぞれに統轄団体があって,管理・運営されている。しかし,一般に社会人野球といえば,日本野球連盟(1949年日本社会人野球協会設立。
→関連項目西本幸雄

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世界大百科事典 第2版の解説

しゃかいじんやきゅう【社会人野球】

企業のなかに組織される実業団チームや,職種の枠をこえて結成されるクラブチームで行われるアマチュア野球。社会人が行う野球には,硬式野球・軟式野球・準硬式野球があり,硬式野球は日本野球連盟が,軟式野球は全日本軟式野球連盟がそれぞれ統轄している。準硬式野球は,1978年まで全日本軟式野球連盟の傘下にあって,全日本大会(常陸宮賜杯全日本準硬式野球大会)も開催していたが,それ以後統轄組織をもっていない。学生野球とともにアマチュア野球界を二分する社会人野球にあって,最も多くの競技人口を擁するのは軟式野球である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

社会人野球
しゃかいじんやきゅう

会社、官庁、銀行、クラブのチームなど学生以外の野球。日本最初の野球チームは1878年(明治11)新橋駅の鉄道関係者で編成された社会人のクラブチーム「新橋アスレチック倶楽部(くらぶ)」である。日本に野球が伝えられて6年後のことであった。これを機に続々と社会人によるクラブチームがつくられ優位を占めたが、やがて学生チームが出てきて主流となり、社会人野球は同好の士による趣味の野球としてのみ存続した。今日みられるような真の意味での社会人野球となったのは大正年間である。第一次世界大戦後、日本が好景気に恵まれたことから各会社が積極的に野球チームをもつようになり、また、クラブチームも台頭して各種の野球大会が次々と催された。このような風潮のなか、1927年(昭和2)に誕生したのが都市対抗野球大会である。
 第二次世界大戦後の1948年(昭和23)、アメリカにあったアメリカ野球協会(NBC)が「都市対抗野球の優勝チームを日本選手権保持者と認め、国際大会に出場できる」としたことから、社会人野球の全国統一組織の結成気運が急速に高まり、49年2月、日本社会人野球協会が誕生、同時にNBCに加盟して世界野球大会への出場が実現した。日本は都市対抗野球の優勝チームを主体とした全日本チームで参加、第1回(1955)は全鐘紡(かねぼう)が5位、第2回(1956)は日本石油が3位、第3回(1957)は熊谷(くまがい)組が優勝した。この世界大会は財政上の問題で以後中止されたが、社会人による全日本チームはアジア野球選手権大会をはじめ、各種の国際大会に出場して海外との交流を深め、72年にはニカラグアで開催された第20回世界アマチュア野球選手権大会(現ワールドカップ)に初参加し、3位となった。一方、国内でも、1974年に社会人野球日本選手権大会が創設された。1951年から行われていた日本産業対抗野球大会を発展的解消してできたもので、都市対抗野球とは違い、単一チームによる社会人日本一を争う大会である。さらに1976年には、急増してきたクラブチームの要望に応えて全日本クラブ野球選手権大会が誕生している。
 1978年、国際アマチュア野球連盟(AINBA、85年に国際野球連盟=IBAに改称)が国際オリンピック委員会(IOC)に野球統括機構と認められ、野球競技のオリンピック参加が具体的なものとなった。このため日本社会人野球協会は、オリンピック参加の条件である日本体育協会と日本オリンピック委員会(JOC)への加盟のため、1984年に規約の一部を改正して日本野球連盟と改称、87年には日本体育協会加盟を認められ、90年(平成2)に財団法人となった。これによって日本野球連盟は、社会人野球に限定してきた活動領域を子供から大人までのアマチュア野球界全体に広げ、新たな競技団体として活動しているが、主体となっているのは社会人の会員である。
 オリンピックにおける日本の成績は、公開競技であったロサンゼルス大会(1984)が金メダル、ソウル大会(1988)は銀。正式種目となったバルセロナ大会(1992)は銅、アトランタ大会(1996)では銀。プロ野球選手の参加が認められたシドニー大会(2000)は4位。[日本野球連盟]

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