親族名称とは,自己の親族関係者を分類し,指示referenceする語彙の体系である。これに対して自己の親族関係者への呼びかけaddressに用いられる語彙は親族呼称という。親族名称を初めて体系的に研究し,婚姻,技術,経済,政治制度などと関連づけて,壮大な人類文化史の再構成を試みたのはL.H.モーガンである。《人類家族の血縁と婚姻の諸体系》(1871)のなかでモーガンは親族名称を類別的親族名称classificatory kinship term(いくつかの親族的範疇が一つの名称でくくられた形式)と記述的親族名称descriptive kinship term(個々の親族的範疇がそれぞれ固有の名称で指示される形式)に区別し,前者にマレー型親族名称とトラニア・ガノワニア型親族名称を,後者にアーリア・セム型親族名称を分類した。そして親族名称はマレー型からアーリア・セム型の方向へと進化するという。同時にモーガンは,親族名称が過去または現在の婚姻様式の直接の反映だと考え,原初の乱婚の状態から,異世代婚が禁止され,兄弟姉妹同世代婚が行われた社会がマレー型名称を持つとした。さらにトラニア・ガノワニア型はプナルア婚punaluan marriage(妻の姉妹・夫の兄弟との自由婚)や対偶婚syndyasmian marriage(複数の兄弟姉妹集団間の集団婚group marriage)と対応し,一夫多妻婚を経て単婚家族にいたると名称体系もアーリア・セム型になるという一線的進化の仮説を提示した。モーガンの進化図式はその後厳しい批判にさらされることになったが,親族名称の科学的研究の基礎を築いたことは高く評価されている。
A.L.クローバーは親族名称が第1に言語形式であること,類別的名称と記述的名称の区別は意味のないことを指摘し,親族関係者分類の論理的基盤として以下の分類基準を列挙した。(1)同一世代と異世代の区別。(2)直系親族と傍系親族の区別。(3)同一世代における年齢による区別。(4)対象者の性による区別。(5)話者(エゴego)の性による区別。(6)対象者と話者を結びつける者の性による区別。(7)血族と姻族の区別。(8)対象者と話者を結びつける者の生死による区別。他方,R.H.ローウィとキルヒホフPaul Kirchhoffは,それぞれ独自にモーガンの分類に1型を加え,世代型,双岐融合型,双岐傍系型,直系型の4分類とすることを提唱した。のちにG.P.マードックは《社会構造》(1949)のなかで,キョウダイおよび平行イトコ(父の兄弟の子ども,および母の姉妹の子ども),交叉イトコ(父の姉妹の子ども,および母の兄弟の子ども。いとこ婚)の類別様式に基づいて次の6類型を設定した。すなわち,(1)ハワイ型親族名称 交叉イトコ,平行イトコはともにキョウダイと同一名称で呼ばれる。(2)エスキモー型親族名称 交叉イトコと平行イトコは同一名称で呼ばれ,キョウダイとは区別される。(3)イロコイ型親族名称 交叉イトコには同一名称が用いられるが,平行イトコはキョウダイと同一名称で交叉イトコと区別される。(4)スーダン型親族名称 キョウダイ,平行イトコ,交叉イトコがすべて区別される。(5)オマハ型親族名称 平行イトコはキョウダイと同一名称が用いられる。交叉イトコのうち,母の兄弟の子どもは世代が格上げされて母の兄弟・母と同一名称で呼ばれ,父の姉妹の子どもは世代が格下げされて話者が男性の場合はその姉妹の息子・娘と同一名称で,また話者が女性の場合はその息子・娘と同一名称で呼ばれる。(6)クロウ型親族名称 平行イトコはキョウダイと同一名称が用いられる。交叉イトコのうち,母の兄弟の子どもはオマハ型と逆に,話者が男性の場合は息子・娘と同一名称,話者が女性の場合は兄弟の息子・娘と同一名称で呼ばれる。父の姉妹の子どもは父または父の姉妹と同一名称で呼ばれる。
ニーダムRodney Needhamはしかし,こうした類型は親族名称の一部をとりだして比較した要素主義的分類であると批判した。また,オマハ型親族名称に分類される名称体系を比較すると,母の兄弟とその息子が同一名称で呼ばれることを除くと偏差が著しく,体系全体としての共通性がないとした。グディナフWard H.GoodenoughやラウンズベリーFloyd G.Lounsburyは親族名称を,親族関係者という意味領域が比較的多数の語彙によって範疇化される民俗分類の体系であるとして,各語彙に中心的意味を設定し,多義的名称も限られた拡大・還元の規則によって構成されるとした。ラウンズベリーによれば,クロウ・オマハ両類型は世代斜行(異世代の親族的範疇が一つの名称でくくられる形式)の規則によってそれぞれ4亜型に分類されるという。世代の斜行が話者と同世代に限られるもの(Ⅰ型),同世代と上位世代におこるもの(Ⅱ型),同世代と下位世代におこるもの(Ⅲ型),すべての世代におこるもの(Ⅳ型)がそれである。クロウ型親族名称を例にとると,Ⅰ型は母の兄弟の子どもと兄弟の子どもが同じ名称で呼ばれ,Ⅱ型はこれに母の兄弟が兄弟と同一名称で呼ばれるという規則が加わる。Ⅲ型はⅠ型に加えて女性の兄弟の子どもが女性の孫と同一名称で呼ばれるという規則が加わり,Ⅳ型は上記3規則がすべて適用されるのである。これに対してニーダムは,名称体系の内的論理を追うのではなく,名称体系は社会関係を範疇化する社会関係名称として検討すべきだと主張している。
モーガンの親族名称と婚姻に関する仮説は否定されたが,社会学的諸原理によって親族名称の多様性を説明しようとする試みは,社会人類学の中心的テーマの一つになってきた。マクレナンJohn F.McLennanは親族名称が社会的権利・義務にかかわらない単なる挨拶の体系だと主張したが,リバーズWilliam H.Riversは逆に,親族名称が社会学的諸条件によって厳密に規定されるとして,親族名称と社会学的諸原理との関連を重視した。サピアEdward Sapirはレビレート婚(兄弟の未亡人との結婚)やソロレート婚(不妊または死亡した妻の姉妹との結婚)と双岐融合型の名称体系を関連づけた。コーラーJoseph KohlerやギフォードEdward W.Giffordは,妻の兄弟の娘,または母の兄弟の未亡人との選好的結婚は,それぞれ交叉イトコにオマハ型とクロウ型の斜行をもたらす手助けになるだろうと論じた。しかしE.デュルケームはこれを批判し,クロウ型は母系出自と,オマハ型は父系出自と関連すると指摘した。
A.R.ラドクリフ・ブラウンはこうした仮説を批判しながら,親族名称と社会的行動の両方を含む親族体系という概念を発達させ,親族名称と親族間の特殊な権利・義務との双方の基盤となる構造的諸要因を抽出しようと試みた。単一の社会学的原理と親族名称との直接の機能的関連を否定したマードックは,社会学的諸原理が相互に影響しあいながら親族名称と対応してゆくとして,親族名称を出自,分族制,婚後居住規制,規定的縁組などの社会学的諸原理と組み合わせて11の型を設定した。また馬淵東一はオセアニアにおける兄弟姉妹関係に注目して,兄弟が出嫁姉妹とその子どもに対して呪術・儀礼的に優越した地位を占めるときオマハ型への傾斜が,逆に姉妹が兄弟とその子どもに対して呪術・儀礼的に優越するときクロウ型への傾斜が現れるとして,クロウ・オマハ両類型を社会組織ではなく,出生する子どもに対する呪術・儀礼的な観念と関連づけている。これらの理論はいずれも十分な成功をみたとはいいがたいが,親族名称体系の内的論理の究明と対比しつつ,今後の実証的研究によって再検討されるべきであろう。
なお,親族呼称は集団のリーダーをオヤジと呼びかけるように,しばしば非親族にも用いられ,より直接的に社会関係を反映するものと考えられる。そのため,現在では敬語使用,人称代名詞の用法,命名法などとともに社会言語学的な研究課題として扱われることが多くなっている。
→出自 →親族 →認識人類学
執筆者:合田 濤
日本の親族名称の体系は基本的には直系親族と傍系親族を明確に区分するが,父方親族と母方親族を格別区分しない型(人類学的にはエスキモー型親族名称)を特徴としている。しかしより詳細に日本の親族名称を分析すると,歴史的にも地域的にもかなりの変差が認められる。歴史的にみれば日本古代の親族名称は現代の日本語よりもより広い親族関係者に対する名称を持っていた。たとえば《箋注倭名類聚抄》によれば祖父をオホチ,曾祖父をオホオホチ,甥姪(おい・めい)の子をムマコヲヒ,ムマコメヒと呼んでいた(図1)。この点において現代の日本の親族名称はきわめて狭く限定されているといえる。また地域的にみれば標準語の日本語の親族名称と細かな点において異なる親族名称が多くみられる。ここに一例としてあげた図2の奄美喜界島の親族名称は,父方母方対称,直系傍系区分,性および世代区分において標準語の親族名称と一致しているが,兄弟と姉妹の区分,兄弟姉妹順位呼称,イトコの子どもに対する名称などにおいて固有の特徴をもっている。親族名称は基本的に親族の権利義務関係に対応しているから,親族名称体系の差異は親族構造の差異を示すものといえる。喜界島は基本的に双性的親族構造を特徴としており,この構造が親族名称の体系に対応している。
日本における親族呼称については,岩手県のある農村の事例を図3に示す。年少者に対しては個人名がそのまま呼称となる例が多いが,年長者に対してはそれぞれまったく記述的に呼称が決定されている。おじ・おばなどにおいてはとくに多数の個人がいるが,居住地や個人名を巧みにつけてすべてを別々の呼称で呼んでいることが注目される。またここでは,長男(アニ)と次男以下(オジ)の区分が厳格であることも注意される。
執筆者:上野 和男
日本語の〈親族〉は中国語の〈親属〉に等しい。親属は〈本族〉(〈本宗〉)と〈外姻〉とに分かれる。本族とは〈宗族〉と同じだが自己の属する宗族を本族といい,外姻は妻の実家,娘の嫁ぎ先の関連で同姓不婚の制によって他姓である。妻は夫の本族に帰属するが姓は変わらない。親族構成員の名称は豊富・精細であるが,これは親族が宗族関係を基本として成立しており,宗族の中での地位を明確にするため呼称が重視されるからである。宗族は秩序の体系を持っており,人々はその中で一定の地位を占め,そのことから身分関係や国家の法との関係を規制され,各人は親族名称,すなわち〈名〉に応じた行動規準を持たねばならない。全体は図4を参考に供するとして,たとえば〈はは〉についてみると,生みの母を〈親母〉,めかけの子は父の正妻を呼んで〈嫡母〉,前妻の子は後妻を呼んで〈継母〉,めかけの子がその生みの母を失い,他のめかけが養育するとそのめかけを〈慈母〉,養子は養い親の妻を〈養母〉,離婚された親母を〈出母〉,寡婦たる親母で他人に嫁いだものを〈嫁母〉,父のめかけで子あるものを他の子は〈庶母〉,父のめかけで己に乳を与えたものを〈乳母〉という。親母を除いてこれらを〈八母〉というが,それぞれに礼制上,服喪の期間などが細かく段階的に定められていることはもちろん,律の上でも一定の扱いがある。かくも多くの呼称は,家の中における女性の地位の一つの表現であり,また厳密な秩序維持に役だたせようとするからにほかならない。また宗族は男系であるため,女系血族とははっきり区別されて呼ばれる。父の兄弟は〈伯父・叔父〉でその妻を〈伯母・叔母〉,姉妹を〈姑〉,それに対し母の兄弟は〈舅〉,姉妹は〈従母〉または〈姨〉という。舅は夫の父,姑は夫の母を意味することもある。図4,図5からは喪服(そうふく)制度もあわせて読みとることができる(服制)。
執筆者:奥村 郁三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
親族関係を表すことばで、相手をよぶ際に用いる呼称term of addressと、相手に言及する際に用いる名称term of referenceがある。研究が進んでいるのは後者のほうである。親族名称の組織的な比較研究は、19世紀のL・H・モルガンに始まる。モルガンは、彼が接したアメリカ・インディアンが、父と父の兄弟、母と母の姉妹を同一の名称でよんでいることに興味を覚え、われわれの社会におけるように、父と父の兄弟、母と母の姉妹を区別するものを「記述的体系」、この両者、つまり同一世代の直系親族と傍系親族を区別しないものを「類別的体系」と名づけた。のちに、比較研究を通じて、彼は名称体系の3類型を提出した(
)。彼は、名称体系がその社会の過去の結婚制度に対応していると考え、実の父を同じ世代の親族男性から区別しないマライ型は、実の兄弟姉妹が無差別に性的交渉をもち、それゆえ子供には実の父がだれであるかわからない原始的な結婚形態から生じ、父の姉妹を母から区別するトゥラノ・ガノワノ型は、それよりもやや進んだ、実の兄弟姉妹の結婚は禁じながら、夫の兄弟たちが一団となって妻の姉妹たちの集団と性的交渉をもつプナルア婚から生じたものと考えた。もちろん、この学説は今日では完全に否定されている。名称の意味を生物学的事実に還元した点に大きな誤りがあったのである。父と父の兄弟に共通に用いられる名称が、生物学的な産みの親としての父を意味すると考える根拠はどこにもない。モルガンの学説を批判するなかで、A・クローバーやR・ローウィは、親族名称を社会組織と直接対応するものとしてではなく、いくつかの基準をもとに親族を分類する仕方として分析しようとした。ローウィは、同一世代の親族に対し(1)性別、(2)直系か傍系か、(3)父方であるか母方であるか、の三つの基準を異なる仕方で採用したものとして、次の4類型を提出した( )。モルガンのマライ型は、親族の分類に性別のみを基準とする世代型に、トゥラノ・ガノワノ型は、性別と父方か母方かで親族を区別する双岐性の二つの基準による双岐合併型に、アーリア・セム型は、性別と直系か傍系かで親族を分類した直系型におのおの対応している。のちにG・P・マードックは、ローウィの分類に、自分と同じ世代の女性親族(女性のいとこ)の呼び方の違いを加味した、6類型を提出した。
〔1〕エスキモー型 平行いとこ、交差いとこにはすべて同じ名称を与えるが、姉妹にはそれとは違う名称をあてる。
〔2〕ハワイ型 姉妹、平行いとこ、交差いとこをすべて同一名称でよぶ。
〔3〕スーダン型 父方交差いとこと母方交差いとこに異なる名称を与え、さらに姉妹や平行いとことも区別する。
〔4〕イロコイ型 父方・母方の交差いとこに同一の名称を与え、姉妹と区別するが、平行いとこには姉妹と同一の名称を与える。
〔5〕オマハ型 父方と母方の交差いとこにそれぞれ異なる名称を与え、姉妹、平行いとことも区別するが、父方交差いとこは姉妹の娘と同じ名称でよばれ、母方交差いとこは母の姉妹と同じ名称でよばれる。
〔6〕クロー型 父方と母方の交差いとこにそれぞれ異なる名称を与え、姉妹、平行いとこと区別するが、父方交差いとこは父の姉妹と、母方交差いとこは兄弟の娘と同じ名称をあてられる。
エスキモー型、ハワイ型、スーダン型は、ローウィの直系型、世代型、双岐傍系型におのおの対応し、イロコイ型、オマハ型、クロー型は、双岐合併型を細分化したものと考えることもできる。
・ は、オマハ型、クロー型の名称体系を図示したものである。異なる世代の者に同じ名称が用いられているのが特徴であるが、おのおのを父系集団および母系集団のなかでの親族の配置と考えれば、この現象もある程度納得がいく。 において、自己の母系リネージの成員を実線で、父の母系リネージの成員を点線で囲んでみた。クロー型の名称体系が、自己の母系集団内では性別のほかに世代を明確に区別し、父の母系集団内では世代の区別を行わない、という原理に基づいたものであることがわかる。名称1は、父の母系集団の男性という共通の特徴に対応するものである。名称7・8でよばれる人々は、世代には関係なく、私の母系集団に属さない、母系集団成員の子供という、共通した地位をもっている。こうした事実は、ふたたび親族名称体系を社会組織と関係づけうるという期待を抱かせるが、実際は、事はそう単純ではない。マードック自身は、名称体系と現存する社会組織とのずれを、社会組織の変化と名称体系の変化との時間的ずれに起因するものと想定し、これをもとに社会組織の歴史の再構成を試みたが、彼のこの試みは大部分の人類学者の賛同を得るに至っていない。最近では、マードックが行ったように、名称体系の一部の特徴(たとえばいとこ名称)のみに基づいて類型をつくるという操作そのものを疑問視する声も高まっている。とりわけ、マードックによって同じ型に分類された社会が、他の多くの点で似ても似つかない雑多なものであることが知られるにつれ、こういった分類の有用性は、ますます疑わしいものとなってきた。
こういったなかで、ニーダムは最近、個々の親族名称体系はそれに即して個別的に分析されるべきだ、としながらも、体系の全体的特徴に焦点を置いた形式的分類を提出している。それによると、親族名称体系は有系的であるか否かで大きく分けられ、さらに有系的なもののうちでも、規定的か否か、規定的なもののうちでさらに、対象的であるか非対象的であるか、といった区別がたてられるという。この分類は、その用語法からも知られるように、婚姻規制の側面に重点を置いたものである。しかしこの分類は、ローウィやマードックのものに比べて、人類学者の間で広く採用されるには至っておらず、その有用性は今後の検討にまたれねばならない。
[濱本 満]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新